アリスのお父さん

1/1

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

アリスのお父さん

アリスの様子が、おかしい。  爽太は後ろを振り返った。少し離れたところにいるアリスが、慌てて視線を外す。だが、横目でこちらの様子をうかがってはいる。  爽太は困惑しつつも、ちゃんとついて来ていることに、ひとまず安心する。 「えっと……、このまま、真っ直ぐでいい?」  爽太は左手の人差し指で、今進んでいる道を示す。するとアリスは、頬を赤く染めながら、コクコク、と小さく頷く。アリスの返事を確かめた後、爽太は前を向き、歩き始めた。アリスも、少し遅れてから続く。  さっきからずっとこの調子だった。  なんでアリスは、俺から距離をとるんだろ? せっかく、友達(ガールフレンド)になったのに。  できれば、アリスにもっと近づきたい。仲良くしゃべりながら家まで送ってあげたい。だが、爽太が無理に近づくと、なぜかアリスは一定の距離を取ろうとする。このままじゃ、またアリスが逃げ出す恐れもあるため、結局今の形に落ちついた。時々アリスが爽太を呼び止め、後ろを振り返ると、片手で曲がる道を指示してくる。爽太はそれに素直に従った。  なんだか思っていた友達(ガールフレンド)とは違うんだよなぁ~……。  気分が落ち込む。  まあでも、仕方ないか。俺がちょっと強引に、友達(ガールフレンド)になって! って何回もお願いしたんだ。アリスが恥ずかしがるのも、分からないでもないし。俺だってアリスに、になって! って何回も強くお願いされたら……、きっと照れる。  爽太の頬が少し熱を帯びる。慌てて、頭を左右に振った。  ま、まあ! これから徐々に仲良くなれば良いんだから! 少しづつ、慣れていけばいいさ。 「そ、そうた!」 「ん?」  アリスの呼び止める声。また曲がる指示かな。  爽太は立ち止まり、後ろを振り返る。  アリスは、その場で固まっていた。指示を待つが、何もこない。  アリス?  爽太はアリスに一歩近づいた。すると、アリスも一歩後ろに下がる。  爽太は慌て足をとめた。  そうだった、近づいたら逃げちゃうんだった……。でもなあ……。  爽太が困っていると、アリスの表情がなにやら引き締まった。なにか覚悟を決めたかのよう。そして、爽太にゆっくりと、近づいてくる。  えっ!? ア、アリス?   突然距離を縮めてくるアリスに、爽太の鼓動が早くなる。そんなに驚くことではないのだが、今までの距離感があっただけに、戸惑ってしまう。  そしてアリスは、爽太の目の前にやってきた。 「そ、そうた……」  アリスが指を指し示した。  え?  爽太は、アリスの指の先の方向に目をやる。思わず声を上げた。 「なっ……!? も、もしかして、ここがアリスの家!?」  目の前には大きな西洋風の家が建っていた。レンガ調の外壁に、アーチ状の窓がいくつもある。三角の赤色屋根が目を引く立派なたたずまいだった。 「そ、そうた」 「はっ、はい!?」  アリスが顔を赤らめながら口を開いた。 「あ、ありがと」 「えっ!? おっ、おう……」  2人はその場で固まる。爽太の額から汗が滲む。  なんだかすごく気まずい。あっ、そ、そうだ! 「ア、アリス!」  爽太の呼びかけに、アリスの小さな両肩が跳ねる。  アリスが恥ずかし気に視線を合してきた。爽太の鼓動が大きくなる。 なっ、なに、ドキドキしてんだよ、俺は!? アリスは、と、と、友達だろ! 「えっと! これ……」  爽太は右手に持っていた、ビニール袋をゆっくりと差し出す。中には、アリスのお土産用に作った、お好み焼き、焼きそば等を詰めたパックの容器が入っている。  アリスの頬が、優しく緩んだ。強ばっていた目じりもふわっと下がり、とても愛らしい。 いや、ちょっと、か、かわ、かわい――、 「ありがと」  動揺する爽太をよそに、アリスがそっと手を伸ばし受け取った。 「あっ……、う、うん……」  そのまま、また互いに見つめ合う。  ……って、このまじゃいけない! アリスが家に帰りづらいだろ、これじゃあさ!?   爽太はそう思い、腹をくくり、アリスに別れの言葉を――、 「こんにちワ」 「わわわっ!? は、はいっ!?」  とても穏やかで紳士的な男の声が、爽太の後ろから響いた。慌てて振りかえると、そこには見知らぬ外国人が立っていた。 えっ!? だ、誰!? 「Daddy(お父さん)!」  アリスが嬉しそうな声を上げ、その人に近づいていく。 「Hi Alice(ただいま、アリス)」  とても優しい笑みを浮かべ、アリスを迎える彼。  黒のスーツをぴしっと着こなし、とてもカッコいい。まるで、映画に出てくる俳優さんみたいだった。見た感じでは、30代後半か、40代前半くらいだろうか。  アリスがピタッと彼に引っ付く様子に、爽太の胸が変にざわつく。よくわからないモヤモヤした感情が爽太の心の中でうずく。  彼が、ふと爽太に視線を合した。爽太の全身に緊張が走る。  背が高く、上から見下ろされ、すごい威圧感。だが、とても優しい笑みを浮かべていることに、爽太の気持ちが少し軽くなる。  彼が、口を開く。 「はじめましテ。Aliceの、父です」 「えっ!? ア、アリスの、お父さん!?」  爽太がそう言うと、彼はにっこり微笑む。 「えっと、君はなんてお名前かナ?」 「あっ! そ、爽太っていいます! その、アリスの友達です!」 「あ~! Aliceのfriend(友達)なんだね」  上手な日本語で話すアリスの父。ときどき交じる流暢な英語に、爽太はどぎまぎしながらも、しっかり頷く。  するとアリスの父が、なにやらアリスに色々と話を聞きだした。アリスは、頬を赤くしながらも、なにやら必死になって英語で話している。一体何を話しているのか、爽太には全くわからないが。  するとアリスの父が、爽太に優しく声をかける。 「ありがとう、ソウタくん。Aliceを家まで送ってくれて。それに、こんな素敵なpresent(プレゼント)まで」 「いえいえ!!」 「良いfriend(友達)をもったね、Alice」  そう言われアリスは、必死にコクコクと頷くのみ。  アリスの父は笑いながら、爽太に話しかける。 「すまないネ、ソウタくん。Aliceがこんなに照れるなんてめずらしイ」 「そっ、そうなんですか?」 「あぁ。ふふっ、きっと日本でfriend(友達)が何人もできてうれしんだろうね。ありがとう、ソウタくん。これからもAliceのことをよろしくね」 「はっ、はい!」  アリスの父が嬉しそうに、目を細める。爽太の気持ちが高ぶる。アリスの父親にも、として認めてもらえたことが嬉しくて。  だから爽太は、しっかり言葉にして伝えたいと思った。  爽太が元気よく、口を開く。 「Aliceは僕にとって大事な……、ガールフレンド(彼女)ですから!」 「…………、What(えっ)?」  Aliceの父が突然低い声を上げた。表情がとても重苦しい。  えっ? あっ、あれ?  急に空気が重くなり、爽太が不思議がるなか、アリスが慌てて口を挟む。 「Da!? Daddy!(おっ!? お父さん!?) Da――、!?!?(あっ、あのねっ―、もがもが!?!?)」 「Be quiet Alice(ちょっと静かにしなさい、アリス)」  アリスの父が、娘の口を押えていた。  紳士的な感じが急に消え失せたアリスの父が、爽太につめよる。 「ソ、ソウタ、くん」 「はっ、はい!?」 「もう一度聞くが、アリスとは……、どういう関係かナ?」 「へっ!? えっと、で……」 「ふむ……、そうだね……、ほんとに、そうだネ……?」 「はっ、はい!そうです!」 「そうか、そうか、アハハハハハッ! 私としたことが! てっきり勘違いするとこだったよ。君はアリスの、、なだけだよネ!」 「そ、そうなんですよ、アリスは僕の! つまりですね! ガールフレンド(彼女)ですっ!!」 「Oh~‼ my god‼‼(なんてことだッ‼‼)」  アリスのお父さんが、大柄な体を盛大に反らせ、両手で頭を抱えていた。まるでアメリカンコメディアン。そのそばでは、口をパクパクと金魚のように動かしているアリス。顔の色も、赤い金魚のように鮮やかに染まっていた。  えっ、ええっ!? い、一体、ど、どうなってんだ!?  爽太は今の状況に混乱するばかりだ。  すると突然、どこからか携帯の音が鳴った。  アリスの父が慌ててスーツのポケットに手を入れる。スマホを取り出し、耳に当てる。何やら話し込んだあと、通話を切った。そしてアリスに早口でなにやら話した後、爽太にも口を開く。 「えっと、ソウタくん」 「は、はい!」 「すまないね……、急な仕事で、会社に戻らないといけなイ」 「あっ、はい」 「本当なら……、今から我が家で、手厚くもてなしたいところなのだがね。アリスのgirl friend(ガールフレンド)として……」 「い、いえいえ! そんな、おきになさらず――」  アリスの父が、爽太の両肩を力強くつかんできた。 「そういう訳にはいかなイ!!」 「ひっ!?」    アリスの父はすごみのある顔付きで話し出す。 「ソウタくん!」 「はっ、はい!」 「必ず! いつでもいいから、家に遊びに来なさい!」 「へ!?」 「必ず、我が家に遊びにきなさい。君は、私の愛しの娘、Aliceのgirl friend(ガールフレンド)なのだから……。返事はいかに?」 「は、はい! ぜひ! そ、そうさせてい、い、いただきますっ!!」 「うむ、良い返事だ……。ソウタくん、では……またね。それから、Aliceも」  そういって、アリスの父は急ぎ足で去って行った。  取り残された爽太とアリス。 「えっと……、アリス? なっ!?」  爽太はアリスの表情を見て驚く。顔を真っ赤にし、なにやら怒っている様な、すごい剣幕だった。口元をわなわなと震わすも、アリスはそのまま何も言わず、家のチャイムを粗々しく押す。すると大きな門が開かれる。 「えっ!? ちょ、アリス!」  爽太の呼び止める声を無視し、アリスは開け放たれた門を通り、真っ直ぐに進んでいく。門が次第に閉じていく。  門が閉じ、アリスが家のドアを開け中に入っていってしまった。その場で茫然と立ち尽くす爽太。しばらくしてから、爽太は力の無い足取りで、元来た道を、とてとてと歩いて帰っていった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加