4人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
デートの場所
爽太は体育館裏の壁に背中をべったりと預けてしゃがみ込んでいた。
視線は力なく上を向き、のんびりと流れる雲の動きを眺める。どこに向かっているのかわからない雲に、これからの自分の行く末を重ねてしまう。
『アリスに告白してしまった』、というとんでもない事態を高木に教えてもらい、そればかりが爽太の頭の中を支配していた。
これからどうすりゃいいんだ、俺は。
だが放心状態の頭では何も思い浮かばなかった。
「はぁ~……」
「ちょっと、ため息ばっかついてる場合じゃないでしょ」
「へっ?」
爽太は視線を横に向ける。そこには同じように体育館裏の壁に背中を預け、しゃがみ込んでいる高木の姿があった。
「あんたさ、これからどうするつもりなのよ」
「どうしようか、どうしようかな、ほんと、どうしよう……、はあ~」
「ちゃんと考えなさいよ。どうしようばっか言っても、どうしようもないでしょうが」
「いや、そうなんだけどさ。でも、ほんとどうすれば良いか分んねえんだよ」
「まったく……、情けないわね」
「あはははっ……、その通りです」
爽太が弱々しく素直に答えると、高木が居心地悪そうに顔を歪めた。
「うっ~、も、もう! 調子くるうわねっ!? しゃきっとしなさいよ! しゃきっと!」
「あはははっ……、はい、そうですよね、はあ~……」
「うぅ~……! もうっ!」
高木が勢いよく立ち上がった。
あぁ、こりゃあれだな。怒って帰る感じっぽいかも。まあ、そりゃそうだよな、高木がこんな俺にずっと付き合う必要はないし。
爽太は隣にいる凛々しい高木を、どよんとした瞳でただ見つめるしかなかった。高木は真っ直ぐしっかり立ちながら、正面を見据える。そこには低い木々の植え込みくらいしかない。
なんでそんなの熱心に見てるんだ?
爽太は少し小首を傾げる。だがどうも高木の瞳はそんなものを見ている感じではなかった。なにか考え事に集中している感じに思える。なかなか動こうとしない高木に、爽太がしだいにそわそわし出した時だった。高木がこっちを急に向いた。力強い、意思の宿った瞳に思わず喉が鳴る。
「爽太っ!」
「はっ、はい!?」
慌てて返事をした拍子に思わず立ち上がってしまった。でもそうしないといけない気がしたのだ。
高木は、グッと目元を引き締め、意を決したかのように口を開いた。
「もう一度、告白しなさい」
爽太の目が見開く。自分の耳を疑った。
「えっ? 今なんて?」
すると高木がの眉がぴくりと動く。はっ? 何で一回で聞かないの? バカなの? とそう目で語っていた。
こ、怖えぇ……。
高木が小さくため息を付いた。
「はあ~、いい、爽太?」
「は、はい」
高木がしっかりと言葉にする。
「アリスちゃんにもう一度、告白しなさい」
「う、うおっ……」
思わず唸ってしまった。聞き間違いではなかったことにショックを受ける。アリスにもう一度、告白する。マジで? え? いやそれはおかしくないか?
「いや、えっ、ちょっと」
「なによ?」
「な、なんかおかしくないか」
「どこが?」
「いやいや! なんで俺がもう一度アリスに、そ、その、こ、告白するんだよっ!?」
すると高木が目をスッと細め、冷たい眼差しで見つめてくる。 はっ? 何で分からないの? バカなの? とそう目で語っていた。
うおっ……、怖えぇ。って、そうじゃねえ!? まじでわからん!!
爽太は慌てて猛抗議する。
「だ、だってさ!? またアリスに告白なんかしたらダメだろ!? またアリスは顔を真っ赤にしてさ、俺の事を今よりも避けるようにならないか!? そうなったら俺はアリスともう喋れないまま、あっ」
そこまで言って気付いた。もしかして高木はそれを狙って!? 俺とアリスがもっと近づきづらい関係性を作って、そのまま引き離す気なのか!?
高木の口角が不気味に上がった。お、恐ろしい子っ!!
「なるほどねぇ~、そういう方法もあるわね」
「や、やっぱり、そうなのか……」
「もう、違うわよ、そういうのじゃないの」
高木は呆れ顔をしつつも、少し優し気に答えた。
急にみせられた優しさのかけら。なんだか今はそれも変に怖かった。でも怖がってばかりではいけない。
「な、なあ、一体どういうことなんだ?」
爽太が意を決して素直にそう聞くと、高木が穏やかに話しかけてくる。
「あのさ、あんたはアリスちゃんに英語で『友達になってください』、って言う所を間違って、『彼女になってください』って言ったでしょ」
「うっ、はい、その通りです」
「でもね、アリスちゃんはあんたが間違って言った事なんて知らない。ちゃんと言葉の意味を理解して、一応OKしてくれた」
「えっ、えっと、そ、そうです、そうだと……、思います、たぶん」
爽太は顔を赤くしながら答えた。高木は少し鬱陶しい表情を滲ませつつも、そのまま話を続ける。
「でもさ、あんたは悪気がなくても、言葉の意味を間違えたまま、アリスちゃんの返事を受け取ってるじゃない。アリスちゃんは『彼女』としてなのに。あんたはそれを『友達』として受け取っている。それはさ、すごく――」
高木が一瞬言葉を止めた。そして真剣な眼差しで爽太に告げる。
「ひどいことだよ」
高木のその言葉に、ドクン、と鼓動が大きく脈打つ。心臓を中心に波紋が広がり、体中の血液にひろがっていくみたいだった。
『ひどい』か……、うん、そう、だよな。だってアリスは『彼女』としてちゃんと答えてくれたのに、俺は……それを、ただの『友達』として受け取ってるなんて。
高木の言う通りだと思った。
『もう一度、アリスに告白する』
今の俺はちゃんと言葉の意味を理解している。そしてその重さも理解している。間違っていたときとは違う。俺は……、もう一度ちゃんとアリスに告白しなきゃいけない。いや、ちゃんと告白したい。それで、もう一度、ちゃんとアリスから返事をもらいたい。たとえ今と違う返事だとしてもだ。
爽太は、高木に力強く頷いた。
「わかった。俺さ、もう一度告白する。ちゃんと正しい意味で」
爽太の言葉に、高木がふわっと優しく微笑んだ。一瞬だけ、高木がなんだか可愛く思えた。いやいや、今はそんな場合じゃないよな。
爽太は頭を軽く左右に振り、高木に話かける。
「でも、どういうタイミングでこ、告白すればいいんだ? ん? あっ、そうか、今みたいに体育館裏に呼び出して――」
「はあ? なにそれ。最悪でしょ」
爽太の提案は、高木の威圧的な声に両断された。
「へっ!? い、いや、あの、でも告白するには、ふ、2人きりになれる場所が良いかと」
「なんでこんなムードもない場所でするのよ、バカじゃないの?」
「うっ……、ぐぐっ……!」
爽太が下唇を噛んでいるなか、高木が、しょうがないわね、と呟いた。
「あのね、告白するにも順序ってもんがあるでしょ。それにタイミングもあるし。というかまだどこにも遊びに行ったりしてないのにさ、いきなりまた告白とかありえないから」
「は、はあ? じゅ、順序? タイミング? ……、え?」
爽太は、そこまで言ってあることに気付いた。
「な、なあ、高木」
「ん? なによ?」
「そ、その、あ、遊びに行くって……」
「そりゃあもちろん、『アリスちゃんとあんた』がよ。ほら、よく漫画とかドラマであるじゃない、男女が仲良く遊んでさ。それでよ、その帰りに、あんたがもう一度ちゃんと告白するっていう感じ」
高木の説明を受け、爽太は納得する。なるほど、そう言うことか。なるほど……、なるほどね。い、いや、そ、そ、それって。
爽太の心音が大きく鳴り、体温が上がっていく。
「おっ、おい。高木、そ、それってさ、つ、つまり俺はアリスと、で、で、で……」
そこまで言って爽太の口が止まる。言葉にするのがとても恥ずかしく、恐ろしい。額に汗が滲む。
だが、高木はそんな爽太を見つめ、口を細く三日月のように歪ませ、楽しそうに告げた。
「デートよ」
「なっ!?」
爽太は急に降りかかって来たその言葉に戸惑う。口をわなわなしている爽太に、高木がにひるな笑みを一層濃くする。
「そう、あんたはデートするのよ。お相手はもちろん、アリスちゃん」
「なにいいいいいいいっ―!」
「つっ!? うっさい!!」
「ぐふっ!?」
爽太のみぞおちに、高木のグーがめり込む。
「がはっ! がはっ……!? お、お前、また……」
「それでよ」
高木は爽太の悲痛な訴えを無視して話を続けようとした。すると――、
「お~い、そこに誰かいるのか? もう下校時間だぞ~っ?」
大人の声。
爽太と高木は顔を見合わせ焦る。隠れなければ!
(高木! あそこの茂み!)
(わ、わかった!)
爽太と高木は小声でやりとりし、慌てて正面にある茂みに身を潜めた。ちょうどそこに教師らしき男性が見回りに来る。辺りを見渡し誰もいない事を確認すると、少し小首を傾げながら去っていった。
それにあわせ爽太と高木が立ち上がり、ガサっと茂みから体を出す。お腹から下はまだ茂みの中だ。
「ふう~、危なかったわね」
「だな……」
「とにかく、爽太。アリスちゃんとデートしなさい」
「へっ!? なっ!? で、デー、!?」
思わずまた声を大きく出しそうになり、口を押える。あともう少しで高木から鉄拳をもらう所だった。
高木が両手を腰にあてる。少し諦めたような不思議な表情をしたあと、なにやら次はいきいきした顔で口を開く。
「まあ、あんたがアリスちゃんに告白したのは腹立つけど、言っちゃったもんはしょうがないからさ。でも、もうここまで知っちゃったら、私も引くに引けないわよね。もうまったく、世話の焼けるやつよねぇ~、あんたは。しょうがないから私も協力してあげる、しょうがなくよ、感謝しなさい。だって私はクラス委員長だから。ちなみにあんたに拒否する権利はないから」
高木の決意めいた有無を言わせぬ言葉に、爽太は意味が解らず戸惑う。
すると、高木が思いもよらぬことを口にする。
「今からさ、あんたの家に行くわよ」
「へっ!? な、なんで!?」
戸惑う爽太をよそに、高木は告げる。
「だって、ここじゃ計画できないでしょ。さっきみたいに見回りに来るかもだし」
「へっ!? 計画!? い、一体何を――」
「あのね、デートの計画に決まってるでしょ」
「で、デートの計画!? そ、それって」
高木は好奇心一杯の瞳をランランと輝かせ言い放った。
「もちろん、あんたとアリスちゃんのデートプランに決まっているでしょ」
「なっ!? な、な、な、なにいいいー!?!? ふぐっ!?」
本日3度目になる、高木の愛のある拳をお腹に受けた爽太。ここにいることバレたらどうすんのよ、高木がそう目配せする。
「うおっ……」
爽太は悲痛な声を必死に押える。弱々しく両膝曲げ、また茂みの中にずぶずぶと沈んでいったのだった。 アリスとのデートプランでまず決めなくてはいけないのは場所。
爽太と高木は互いに候補を出し合ったが、序盤で苦戦してしまった。
まず爽太が提案した映画館についてなのだが――、
「それはダメでしょ」
高木がすぐに却下するので、爽太は思わず首をかしげた。
「なんでだ? 見てて楽しいし、すごく良いと思うんだけど? それでさ、見終わった後に感想とかも聞けるし。あの変身シーンがかっこよかったとかさ」
「あのね、アリスちゃんがまだ日本語苦手なの忘れてない?」
「あっ――」
高木にそう言われ気付いた。言葉の意味がわからないまま映像だけ見ていても楽しくないよな。
「まあ、英語で流れる映画ならいいとは思うけど、日本語字幕付きのね。でも、それだと見れるものが限られる」
爽太は深く頷いた。見たいものが選べないことも大いにありえる。それに、英語で映画を見たら、つまらなくて寝てしまう恐れだってある、爽太が。
「それに、映画を見終わった後、爽太が片言の英語で、アリスちゃんと何処のシーンが良かったとか上手く会話できるとは思えないのよねぇ~」
「うっ、そ、そうだな」
爽太が項垂れていると、「ちなみに」と高木がつぶやく。
「あんたは何を観ようと思ってたの? 変身シーンとか言ってたけど……」
「ん? ああ、俺が観たいのは劇場版 仮面ライダーの――」
「もういいわ、次の案考えましょっか」
この話はここで終わり、という風に、高木はシャーペン指ではじき、くるりと器用に回した。
次に提案したのは高木だった。
「遊園地はどう?」
「なっ!? ゆ、遊園地!?」
爽太の顔が強ばる。少し動揺している感じだった。
「どうしたのよ?」
「あっ、いや、なんでもない」
高木は怪訝に思いながらも話を続ける。
「アリスちゃんと片言の英語でしか話せなくても、楽しさはすごく伝わるわよ。例えばジェットコースターに乗って、急降下するスリルとか」
「ひっ!?」
「それから観覧車で高い所からの景色をじっくり眺めたり」
「ひぇ!?」
「あっ! お化け屋敷のドキドキした恐怖感も良いわね!」
「うわぁ~……」
活き活きした高木の表情に対し、爽太の顔は青ざめていた。なにかがおかしい。
「……ねえ、爽太」
「な、なんでしょう?」
爽太が少し震える声で返事をすると、高木がじとーっとした目つきで質問しだした。
「ジェットコースターって苦手?」
「えっと……、はい。落下する感覚が苦手で、それに高いのもちょっと……」
「そう……。じゃあ観覧車も?」
「あ~、ダメダメ、高すぎる」
「ふ~ん……。じゃあ、お化け屋敷は?」
「ホラー系は絶対無理!!」
「なによもう!! あんたが遊園地で楽しめるものなんてないじゃない!!」
「ば、ばか! あるだろ!! メリーゴーランドとか! コーヒーカップとか!! うん、遊園地……、ありだな!!」
「はいっ!? ちょっと爽太――」
「じゃあ、場所は遊園地に決定ということで」
「きゃ、却下よっ! 却下!!」
「え!? な、なんでだよ!」
「言わなくても分かるでしょっ……!」
高木の威嚇するような低い声に、爽太はたじろぐ。まあ、言わんとしてることは分かる。
乗れるアトラクションが極端に少ない自分に少し落ち込む。でもいいじゃん、メリーゴーランドとか、コーヒーカップとかを何回も乗ったりすればさ……。いや、それはつまらないか。
「ほら爽太、次なんかない?」
高木がデート場所の案を急かしてくる。
「そ、そう言われてもなぁ……」
「とりあえず自分の楽しい場所を言えば? できれば見ているだけで楽しくなるような場所が良いわね。日本語が苦手なアリスちゃんのためにさ」
爽太は大いに悩む。む、難しくないかそれは……?
自分にとって楽しい場所。見ているだけで楽しすぎる、そんな所なんて……。
「あっ」
爽太はふと、一つの答えに辿り着いた。
だが一抹の不安もある。この場所でいいのだろうか。
チラリと高木を見る。何でも良いから言いなさい、と目で訴えていた。
うっ……。
仕方ない。もう、これにかけるしかない。
爽太は勢いよく高木に告げた。
「トイザ〇ス!!」
「却下よッ……!!」
何でそういうのが出てくるわけ!? と言わんばかりの険しい表情だった。
そうですよね、デートでそれはないですよね……。
ベイブ〇ードやポケ〇ンのフィギュアなどが陳列されている店内の楽しい様子を想像し、爽太はしばらく現実逃避にふけっていた。
すると高木が、「いいこと、爽太」と前置きし、デートの場所として相応しい条件を改めて告げてくる。
「まずは見ただけで気持ちが盛り上がるような所が大事。アリスちゃんは日本語が苦手っていうのがあるから。それで、見るなら綺麗な物が良い、さらに可愛いければなお良い」
「お、おう……」
「あとはそうね……、そんなに堅苦しくない場所で、なおかつ、落ち着いた雰囲気もあって、ロマンチックなムードも楽しめる――」
「ま、待て待て待てっ!?」
「なによ?」
「そんな場所思いつかねえよ……」
「なによ、情けないわね」
「ぐっ……! そういう高木は、なんか思いつくのかよ」
「うっ……! ちょっと、休憩しよっか」
あっ、逃げたなこいつ。爽太はそう思うも、高木の案にのることにした。お互い少し困った顔をしつつ、カゴの中にあるお菓子をつまむ。甘い味のおかげか、2人の表情は少しゆるんだ。高木はジュースで喉を潤すと、ただ無心でシャーペンを手で回し始める。爽太はその様子をぼーっと見つめていた。急にハードルが高くなったデートの場所。爽太は視界の端でノートの文字を見つける。
映画館(×)
遊園地(×)
トイざ〇ス(×××!!)
さっき上げたデート場所が書かれていて、ダメの印をつけられていた。そこから下は、先ほど高木が話していたデート場所の条件が記されている。
はあ~……。一体、どういう場所がいいんだろ。
爽太が心の中でため息をついた時だった。
「あっ」
高木が一瞬声を上げた。と同時に、手で回していたシャーペンが勢い余って机の上に飛んでいく。くるくる、そして、ころころっと、机の上で乾いた音を鳴らしながら爽太の方へ。
「おっと!」
爽太は机から落ちそうになったシャーペンを見事キャッチした。
シャーペンの胴体に描かれた魚のイラストに目がいく。色彩が綺麗でいて、可愛い雰囲気に、女の子らしい持ち物という感じがした。
「あっ、ごめん爽太」
高木の声に気付き、爽太は手にしていたペンを返した。高木はちょっとバツが悪そうな顔をしつつ、シャーペンを受け取る。そのまま無言でペンを見つめていた。ふと訪れた静かな時間、爽太は何だか気まずくて口を開く。
「えっとさ、高木って魚とか好きなのか?」
「え? えっと……、これのこと?」
高木が手にしているシャーペンのイラストを見せてくる。爽太が頷くと、高木は少し気恥ずかしげな表情を浮かべた。
「う~ん、まあ……、好きになるのかな?」
「ん? なんだそれ? 魚が好きでそのペン買ったんじゃないのか?」
すると高木が苦笑する。
「ううん。このシャーペンね、その、細谷くんからもらったの」
「えっ? 細谷?」
クラスメイトの友達の名前が出てきて、爽太は小首を傾げる。すると高木が優しい表情をみせる。
「うん。細谷くんとさ、一緒にクラス委員の仕事してたときにね、この魚のイラストが付いてるシャーペンを持ってたの。私が、『それ可愛いね~』って言ったらさ、良かったらあげるって言われちゃって」
高木が困ったような、でもなんだか嬉しそうな笑みを見せる。爽太は思わず口を開いた。
「カツアゲじゃねえか、いっ!? いだだだだっ!?」
高木が素早く手を繰り出し、爽太の手の甲を思いっきりつねっていた。爽太は何とか慌てて逃れる。
なにすんだこいつ!?
爽太は抗議の目を高木に向けた。だが、高木は目を吊り上げ、射殺す様な視線を向けてくる。爽太は何かを察し、少し目をそらしながら、恐る恐る話しかける。
「その、プレゼントされたんですね、はい」
高木の目じりがだんだんと下がっていく。爽太はひとまず安心した。とりあえずこのまま、細谷の話題を続けていよう。
「その、あ、あれだな。細谷って、魚とか好きなのか?」
すると、高木が目を見開く。まるで何か面白い事を知っているような瞳だった。高木が微笑を浮かべる。
「そうなのよ。細谷くん魚が大好きで、すごくオタクなの。でね、このペンをもらったとき、魚の名前を熱心に教えてくれてさ。確か、この青と赤色で目立つのがネオンテトラ。それで、このひし形みたいなのが、え~っと、エンゼルフィッシュだったかな。このちょっと不細工で可愛らしいのが……、う~ん……、そう! 確かコリドラスって名前。それでこの魚は……、あははっ、ちょっと忘れちゃったなあ」
高木は少しはにかみながら笑う。
「へぇ~、そうなのか」
爽太が感心しながら頷くと、高木は細谷の話を楽しそうに続ける。
「でね、細谷くんってすごくて、休みの日にさ、1人で水族館に行ったりするの」
「えっ? 1人で?」
「そうそう。朝から夕方までいることもあるんだって。すごいよね、あははっ」
高木が目を細め、笑う。とても優し気な笑みで、両頬の小さなくぼみがなんだか愛らしい。その表情を見ているのが気恥ずかしく、爽太は少し高木の表情から目を逸らした。
「へぇ~、そ、そうか。じゃあ、そのペンは……、水族館で細谷が買ったやつなのかな」
「うん、細谷くんもそう言ってた。いっぱいこういうお魚グッズ持ってるみたい」
「ふ~ん、そうなんだ」
細谷がそんな魚好きだったとは……、初めて知ったなあ。
友達の趣味に、ぼんやりそんなことを思いながら高木を見ると、とてもやわらかな表情でシャーペンを見つめていた。おいおい、なんだその女の子らしい雰囲気は……。
自分の鼓動が少し早くなっているのを感じた。爽太は小さく呼吸を整える。
落ち着け、高木は暴力ゴリラ女だぞ。今日なんか、3発もお腹殴られたからな……。
爽太は思わず右手でお腹を優しく擦った。あの痛みが思いだされる。
高鳴っていた気持ちが急激に冷静になっていく。ふと、細谷のことが頭に浮かぶ。
あいつも変わってるなあ……、高木にプレゼントするなんて。もしかしてあれか? クラス委員の仕事してるとき、高木に殴られないために物で釣ってるのか? さすが細谷、賢いな。
「ああっ!! 爽太ッ!!」
「ひっ!?」
高木が急に声を荒げた。爽太な思わず身を縮め守りの体勢に入る。
殴られるっ!?
心の声がバレたと思った。
高木が顔を前のめりにし訴える。
「水族館よ!!」
その気迫に思わず爽太はたじろぐ。そして、思わず疑問の声を出した。
「す、水族館?」
が、一体どうしたのだろう?
「そうっ! 水族館! 水族館よっ! なんですぐ思い浮かばなかったんだろ~! あ~もう! でもまあ良いわ! 爽太が魚の話してくれたおかげね!」
高木が1人で盛り上がっているのを、爽太が茫然と見つめていると、
「爽太、私が今何を言ってるのかわかる?」
と、じろりと怖い視線を向けてきた。さっきまでの女の子らしい可愛さが微塵もない。良かった、いつも通りの高木だ。でも、今はそんなことを思っている場合ではない。
爽太はおどおどしながら口を開く。
「えっと……、いや、あの……」
すると高木が小さくため息をついた。
「はあ~、あのね、今私達はアリスちゃんとのデートの場所を話し合っているのよ?」
「えっ? ……、あっ――」
『デートの場所』という言葉に、爽太は思わず声を上げた。
「そうか!! す、水族館!!」
まさにデートの場所としてうってつけだ。高木も大きく頷き、ノートに大きな文字で書く。
水族館(〇)
爽太と高木は互いに顔を見合わせ力強く笑い合うと、さっそく水族館でのデートプランを考え始めた。
最初のコメントを投稿しよう!