デートに慣れるには

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デートに慣れるには

アリスとの水族館デートプランについて話し合っていた間に日はだいぶ傾き、爽太の部屋の窓からは綺麗な夕日が覗いていた。窓から差し込む茜色の光が爽太の部屋全体を明るく照らしている。部屋の中央にある丸机には、爽太が母の絹江から借りてきたスマートフォンと、開けたままのノートが置いてある。スマホの画面には水族館のホームページが表示されており、ノートの開けたページには、アリスとの水族館デートプランが記されていた。 ・午後1時30分  水族館に到着。  アリスちゃんと一緒に館内を自由に見て周る。アリスちゃんが熱心に見ている生き物は、足を止めること。片言の英語でもいいから、爽太はアリスちゃんと楽しく会話しながら展示物を見ること。 ・午後2時30分  イルカのショーを見に行く。時間厳守。ちゃんと間に合うように、爽太が館内をエスコートすること。 ・午後3時~  休憩する。飲み物とか買って(もちろん爽太のおごり)、一息付ける所で会話を楽しむ。見て周った魚やイルカのショーなどの話題とか。アリスちゃんが興味を示した魚や、イルカのショーで盛り上がったところは覚えておくこと!  ・午後3時30分~  館内でまだ観てないところを周る。アリスちゃんが疲れていたら、時々休憩をはさむこと。 ・午後4時30分~  館内を出て、近くにある海辺へ。夕方の綺麗な海を眺める。タイミングを見計らって、アリスちゃんにもう一度、『これからも僕の彼女として付き合ってくれますか』と告白する。  →OKなら、彼氏としてこれからも仲良く付き合う。  →NOなら、爽太は気持ちを切り替えて『友達になってください』とお願いする。  その場でアリスちゃんから返事をもらえればそれにしたがう。  もし返事に困っている様だったら、『いつでも良いよ』と声をかけて、そのまま帰宅。  爽太はノートに書かれたデートプランを再確認して、頬を引きつらせた。  アリスとの水族館デートプランについて考え始めたときは、気分が高揚していて楽しかった。デートの場所が決まったことで、行動する内容についても順調に進んでいったからだ。だが、アリスとのデートプランが形として出来上がるにつれ、爽太は背中がじわりと汗ばみ、全身が強ばっていくのを感じていた。その理由は1つしかない。  俺は、ほんとにアリスとデートするんだな。  アリスとのデートが現実味を帯びてきたことで、爽太の胸の内から一抹の不安が込み上げていた。  俺はアリスと、楽しくデートなんて出来るのだろうか。  今まで女子と一緒にどこかへ遊びに行った経験などない。ましてや2人きりのデートなんてなおさらだ。 自分の部屋に、女子である高木が来ただけで結構緊張したというのに……。デートでは自分がどんな様子になるのか想像がつかない。 「ふうー……」  変な気疲れから、爽太は口から細い息を吐き出した。すると高木が怪訝な表情を見せる。 「どうしたの?」 「あ、いや、なんでもない……」  爽太は冷静を装いながら、対面にいる高木に答えた。顔が少し強ばっている爽太とは対照的に、高木の表情はとても柔らかい。ジュースを飲みながら一息ついていて、その様子はひと仕事終えた達成感に満ちていた。  高木は爽太の返事に特に気に止めることなく、ノートに視線を向け、「ふむふむ」と小声でなにやら頷き、スッと顔を上げこちらに向けてきた。 「これでさ、後はアリスちゃんとデートする日にちを決めれば……、いよいよね」 「うっ……!? そっ、そうだな……」    爽太の声が少し裏返る。額からは緊張で汗が滲み、思わず右手のひらで額を拭った。じめっとした冷たく嫌な汗の感触が伝わる。 「あれ~、爽太、もしかしてすごく緊張してる?」 「なっ!? そ、そんなことない!」  高木の意味深な指摘に慌ててしまい、爽太は右手を腰の後ろにまわした。高木の口元がプルプル震え始める。笑いを堪えているかのようだった。  こ、こいつ……!  爽太は顔が熱くなっていくのを感じた。恥ずかしさと悔しさが入り混じった感情をどこにぶつければいいのか解らず、隠している右手をぎゅっと握りしめる。  すると高木が、おどけた様子で爽太に話しかける。 「まあ~、仕方ないわよ。アリスちゃんとデートするんだから。男子なら誰だって緊張するわよ。だって――、」  高木が少し間をおいてから、意地悪気に呟いた。 「すごく可愛いもん」 「つっ!?」  爽太の鼓動が大きくなる。  クラスで一番、いや学校で一番と言ってもいい美少女であるアリス。そんなアリスと自分はデートするなんて。そんな大それたことをしてしまっていいのか。何とも言えない罪悪感のようなものが、爽太の頭の中をめぐる。だが、『彼女になってください』と言ってしまった自分が悪いのだ。もうどうしようもない。  高木が楽しそうに口を開く。 「まっ、あんたはさ、今アリスちゃんの彼氏なわけだから、頑張ってデートしてきなさい」 「お、おう……」 「それでもう一度告白して、アリスちゃんがほんとにこのまま彼女で良いのか返事を聞くのよ、忘れないでね?」 「わ、分かってる……」 「ふむふむ、分かっているなら良いけどね~」  高木の茶化すような物言いを耳にしながら、爽太はアリスのことを思い浮かべていた。  脳内のスクリーンに鮮明に蘇る、アリスが顔を真っ赤にして頷く姿。  自分が『友達になってください』と言うのを間違えて『彼女になってください』と言ってしまったあの日、あのときアリスは、ほんとはどう応えたかったのだろうか。アリスの必死の頷きが何を意味していたのか、今の爽太には分からなくなっていた。  だからもう一度、今度はちゃんとアリスの口か聞きたい、言葉で。  爽太は右手をさらに強く握り、アリスとのデートに向け決意を固める。 ん? そういや……。    ふと、爽太の脳裏にある疑問が浮かんだ。アリスとどうやってデートの日にちを決めれば良いんだ? 話かけようと近づけば、逃げたり、隠れたりするアリスにどう伝えればいいのだろう。  爽太の考え込む様子に気づいたのか、高木が口を開く。 「ねえ爽太」 「ん?」 「アリスちゃんとデートする日にちはさ、手紙で決めましょう」 「て、手紙?」  爽太が目を丸くするなか、高木はそのまま説明を続ける。 「そう。手紙にね、『水族館に遊びに行こう』、って英語で書くの。ちゃんと候補日をいくつか書いてさ。あっ、平日はダメよ。土日にしておくこと。それで、『返事をください』、ってのも書いておくのよ。それでその手紙をアリスちゃんの机の中に入れておく」 「な、なるほど」 「それで、アリスちゃんから手紙が返ってきたら、デートの日にちを確認して、アリスちゃんにまた手紙でお知らせして。当日何時に家に迎えに行くって」 「えっ? ア、アリスの家に? む、迎えに行くのか?」  爽太が戸惑い見せると、高木は眉間にしわを少し寄せた。 「そりゃそうでしょ、アリスちゃんがどうやって1人で水族館にたどりつけるのよ。迷子になるわよ」  高木の忠告を受け、アリスの家の呼び鈴を押す自分を想像する。緊張で喉が鳴る。果たしてちゃんと押せるだろうか。  爽太の戸惑いをよそに、高木はさらに追い打ちをかけてきた。 「ともかく、爽太はアリスちゃんを、ちゃんと楽しませてあげること。告白の結果がどうなるかはおいといてさ。だってあんたは今、アリスちゃんの彼氏なんだからねっ」  ビシッ! と右手の人差し指を向けられる爽太。ますます緊張してしまう。アリスを楽しませたい。笑顔をにしたい、とはもちろん思っている。だが、デートでアリスを楽しませる自分の姿が全然イメージできない。 「じゃあ私はそろそろ帰るね。アリスちゃんに渡す手紙に書く英語の文は、私が考えて上げるわ。爽太に任せると、また間違えて変なことになるかもしれないからね。あっ、アリスちゃんに告白する英文も私が調べといてあげる。感謝しなさいよ」 「へっ? あ、ああ……」  爽太はどこか上の空で返事をする。アリスとのデートシュミレーションで今は頭がいっぱいだった。だが全然イメージできない。浮かぶのはアリスのつまらなそうな表情や、帰りたいような態度ばかりだった。  爽太の頬を一筋の汗がつたう。鼓動はさっきから激しく脈打つばかりだ。  ふと突然、紙が破れる音がした。高木が、アリスとのデートプランが書かれたノートのページを綺麗に切り取っていた。 「はい、これ。無くさないでよ」 「えっ? あ、お、おう。ありがと……」  爽太は切り取られたノートを恐る恐る受け取る。ノートに書かれている文字がなにやら重々しく見え、まるで学校の成績通知表をうけとったみたいだった。 「ま、頑張りなさいよ」  高木は小さく声をかけ、意味深な笑みを一瞬見せた。そして片付けを始める。ランドセルに持ち物を入れ終えると、背負ってスッと立ち上がった。高木が部屋のドアに向かう。  えっ、嘘だろ。ちょっと待ってくれ。 爽太は戸惑いながら、高木と、丸机に置いたノートの切れ端、デートプランが書かれた紙を交互に慌ただしく見る。  確かに今日決めたデートプラン通りに行動すればいい。いいんだけども――、  「ちょ、ちょい高木!」  爽太は高木のランドセルを掴んだ。 「ちょっと!? 何!?」  爽太がランドセルから手を離すと、高木が苛立ちながらくるりと爽太に体を向ける。怪訝そうな高木に、爽太はおどおどしながら口を開いた。 「あの、お、俺さ、い、今さらなんだけど、デートってしたことないんだよ……」 「うん、そうでしょうね。言われなくても分かるわよ」 「ぐっ……、でさ、女子と2人だけで遊びに行くなんて、すごく緊張するというか」 「そりゃあ、初デートなんだからしかたないでしょ」 「そ、そうなんだよ……! だ、だからさ、どうしたらいいと思う?」 「はい? そんなの、ノートの紙に書いたデートプラン通りにしたらいいじゃない」  高木がやれやれといった様子で爽太を見つめる。まるで哀れな子羊を見るかのような目。爽太は思わず声を荒げる。 「い、いやいや!! こんな文字だけじゃ全然イメージが湧かないって!! 水族館の雰囲気とか、展示物がどんななのか……」 「だったら下見したらいいでしょ」 「えっ? 下見?」  爽太が間抜けな声で答えると、高木が両手を腰に当て、諭すように話始める。 「そうよ。あのね、デート場所に事前に行って見てきたらいいのよ。そしたらイメージも湧きやすいだろうし、デート本番のときは、少しくらい緊張も和らぐでしょ」 「な、なるほど!」  確かに高木の言うとおりである。爽太の表情が明るくなる。だがまたすぐに考え込んでしまった。でもきっと自分は、女子と2人だけっていう状況にすごく緊張するはず。美少女のアリスならなおさらだ。 「じゃあ私は帰るわね」 「ま、待て……!」 「も~う、なんなのよ?」  めんどくさそうな声を出す高木を前に、爽太は頭を悩ます。どうする、デートで女子と2人きり。特にアリスと2人きりなんて、そんな状況いきなり耐えられるはずがない。だからせめて、女子と一緒に遊ぶという状況に少しでも慣れておきたい。そのためには……。 「た、高木」 「なによ?」  威圧的な態度をとる高木。爽太はその圧力に押され、喉から出かかっている言葉が言えずにいた。もし言ってしまったら、また高木に殴られるかもしれない。爽太がもたもたしていると、高木が眉根を寄せる。 「もう、何か言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。ちゃんと聞いてあげるから」 「高木……、わかった、良いか、落ち着いて聞いてくれ……」  爽太がすごみのある顔で言うと、高木が少し身構える。  爽太は覚悟を決めた。こんな暴力ゴリラ女に言うのは気が乗らないが、相手を選んでいる場合ではない。というか高木にしか頼めない。 「高木!!」 「は、はい!」  目を丸くして驚く高木に、爽太は力強くはっきり聞こえるように告げた。 「お、俺と! デートしてくれっ!!」 「…………、はあっ!?」  高木は目を大きく見開き、驚きの声を上げた。
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