頬の手形と痛み

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頬の手形と痛み

 学校から帰宅した爽太は、自分の部屋に引き籠っていた。  勉強机の椅子に深く腰掛け、項垂れていた。机の上には白のハンカチが置いてある。 「はあ~……」  爽太は白のハンカチを見つめながら深くて重いため息をついた。そんなことを、もうかれこれ1時間は繰り返しているだろうか。  アリスへのスカートめくりの件で、爽太はあの後、取り巻きの男子達も含めて藤井教諭にみっちり叱られた。そして、今後スカートめくりはしないように、と大きく釘をさされた。  藤井教諭の立会いのもと、爽太はアリスにちゃんと謝ったものの……。  悲し気な様子で終始俯いたままだったアリス。  そんなアリスに、ハンカチを返すタイミングが解らず、爽太はそのまま家に持ち帰ってしまった。  どうやって、アリスにハンカチを返そう。  爽太は頭を悩ます。ふと、アリスの泣いてしまった顔が鮮明に蘇る。  左頬がうずく。思わず手を伸ばし触れた。  どうすればアリスに、許してもらえるだろう。  どうすれば、もとの元気で明るい顔をみせてくれるだろう……。  しばらく考えても答えは出なかった。 「はあ~……」  爽太の深いため息が部屋に響く。  ガチャリ。  突如、部屋のドアが開く音がした。爽太の両肩がビクッと跳ねる。机の上に置いてあるハンカチを慌てて手に取り、ポケットに隠した。 「爽太、あんたなに? 珍しく大きなため息なんかついて」  爽太の母親である絹江が、怪訝な様子で尋ねた。   爽太は慌てて振り返り、口を開く。 「べ、別になんもないし!?  てか、か、勝手に入ってくんなよ‼」 「はいはい。そんなことより、ちょっと店を手伝ってくれるないかい? お客が多くて焼くのが間に合わないのよ」  開け放たれたドアから、ソースのこうばしく焼けたスパイシーな香りが、爽太の部屋に流れ込んでくる。 「ええ~……、今、そんな気分じゃ……」  爽太は眉を寄せ、否定的な表情を見せる。すると絹江は、白けた目で爽太に言う。 「小遣い減らすよ」 「…………わ、わかったよ」  爽太は眉間にしわを寄せながらも、絹江と一緒に自分の部屋から出て行った。                   〇    閉店後、爽太が鉄板の掃除をしていた時だった。   「爽太」 「ん? なに?」  爽太は視線を鉄板から、母親の絹江に向ける。すると、絹江はなんだか呆れた様な表情をしている。爽太が眉根を寄せ訝しんでいると、 「あんた今日、女の子とケンカしたでしょ」 「なっ⁉⁉」  カチャン‼ カチャコン‼    絹江の突然の言葉に、爽太は手にしていたコテを鉄板の上に落とした。かん高い音が店に響き渡る。爽太が動揺しながら声を荒げる。 「なっ、なんだよ! いきなり⁉」  そんな爽太を、絹江は困り果てた顔で見つめる。 「まったくあんたって子は。あのね、あんたの顔に、そう書いてあるんだよ」 「はっ、はあ⁉」  そんなこと、あるわけないだろ⁉   爽太は絹江が大嘘をついていると言わんばかりに、顔をしかめる。だが絹江が、爽太の顔を指さす。 「じゃあなんだい、それは? あんたのその、ほっぺたに付いた手形のあとは」 「へっ? ……なっ!? ええっー!?」  爽太は慌てて左頬を片手で隠したがもうすでに遅かった。  左頬がジーンと急にうずく。アリスの悲し気な表情と涙が脳裏に浮かぶ。  爽太の青ざめるような表情を見て、ギロリと絹江の鋭い視線が爽太に向く。 「あんた、その子に手を上げたりしてないだろうね」  その言葉に、爽太の全身に緊張が走る。たどたどしくも、口を開いた。 「手、手は出してない」  だが、そう言ってハッと思う。スカートをめくるというのは、ある意味、手を出しているのではないかと。  難しい顔で悩む爽太に、絹江が少し困った声音で話す。 「まったく……。ちゃんとその子に謝ったんだろうね?」 「あっ、謝ったよ、ちゃんと……」 「ふ~ん? じゃあ、ちゃんと許してもらえたのかい?」 「…………うん」 「ふ~ん? それなら…………、良いんだけどね?」    絹江の問いただすような声音に、爽太はつい顔を伏せてしまった。鉄板の上に落としたコテが目に映る。爽太は無言のまま、コテを手にした。そして、大きな鉄板に視線を集中する。所々についた焦げの後。爽太は、鉄板に付いた焼き焦げを落としにかかった。  絹江の呆れた様なため息を耳にしながら。   ゴリ、ゴリ、ゴリ、 ゴリ……。     いつもならすぐに落ちる焼き焦げ。  今日はやけにへばり付き、中々素直に、落ちてはくれなかった。
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