お家へご招待

1/1

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

お家へご招待

爽太は、正面にいるアリスに目が見開く。驚きの表情とともに、アリスのことを凝視していると、スッと目線を外されてしまった。アリスは少し顔を横に向むける。なんだか嫌がっているように思えて、爽太の胸がちくりと痛む。  だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。なぜ、今ここにアリスがいるのか。  下校時間に、アリスはクラスの女子達と家に帰ったはずじゃあ……。  するとアリスが、おもむろに爽太の方へ顔を向けた。少しムスッとした表情だが、爽太の顔を見つめている。  お互いに沈黙。爽太の全身に緊張が走る。すると、アリスの右手がゆらりと動いた。 ビクッ!?  思わず身構える爽太。また、頬を叩かれるのではないかと、怖さで体が反応してしまう。だが爽太の思いとはうらはらに、アリスは右手を水色のスカートに伸ばし、ポケットに片手を突っ込んだ。爽太はただじっとアリスの動きを見つめている。  するとアリスがポケットから、白のハンカチを取り出した。爽太は思わず声が出た。 「あっ! そっ、それ……!」  今日俺が、アリスの下駄箱に返したハンカチ。 「そうた」 「いっ!? はっ、はい!!」     名前を呼ばれ、爽太の背筋がピンッと伸びる。アリスは気難しそうな表情を爽太に向けながらも、小さく呟いた。 「ありがと」 「えっ?」  爽太はただ茫然としていた。  アリスは日本語で、少しおぼつかない感じのお礼を言うと、ふっ、と爽太から視線をそらした。そして背中を向け、その場から立ち去ろうとする。  爽太の鼓動が早まる。もう、アリスとこんな風に話すチャンスはない。 「アッ! アリス‼」  ピタッ。  爽太の呼び止める声に、アリスが止まってくれた。ゆっくりと爽太に向き直る。不満そうに、眉根を寄せながら。  うっ……。  そんなアリスに見つめられ、爽太はたじろぐ。何をしゃべればいいか分からなかった。だが、何も口にしなければアリスはまた去ってしまう。また呼び止めても、今度はきっと止まってはくれない。いったいどうすれば……、あっ。  アリスが手にしている白いハンカチに目が止まった。  爽太はハンカチを指さし、そのまま体が固まる。  怪訝な顔をするアリス。  爽太の額に一筋の汗が流れていく。  お、俺は一体何してんだ!? ハンカチを指さしてどうすんだよ!?   「そ、その! ハンカチが……、えっと~、お、落ちてたから、拾ってさ! それで、げ、下駄箱に返して……、ん? あっ、あれ?」    しどろもどろでしゃべりながら、爽太はふとある事に気付いた。  そういやなんでアリスは、ハンカチを下駄箱に入れたの俺って知ってるんだ?  朝早い時間、学校の下駄箱付近には爽太しかいなかった。それはちゃんと周りを見渡して確認していた。 「そのハンカチ……、なんで俺って? ああ~、えっと……」  爽太は身振り手振りを交えて、必死になってアリスに伝えた。  するとアリスが、少し警戒しながら爽太にじりじりと近づいてくる。ハンカチを持ってない片手で、水色のスカートをしっかり押さえながら。  その様子に爽太の気分が重くなる。  そんなに身構えなくても……。もうスカートをめくったりしないって……。って、そんなこと言っても信じてもらえないか……。   そんな自分にへこんでいる間に、アリスは爽太の手の届く距離まで近づいていた。  爽太の鼓動が大きく脈打つ。  するとアリスは突然、白のハンカチを爽太の顔に近づけだした。  「えっ⁉ ええっ⁉」     突然の行動に焦る爽太。だがアリスはそのままゆっくりと、ハンカチを爽太の顔に近づけていく。そして、白いハンカチの柔らかな感触が、爽太の鼻に触れた。  そして、謎が全てとけた。 「あっ! あーーー‼‼ お好み焼きの匂いか‼‼」  爽太の大きな声にアリスがびっくりする。だが爽太はそんなアリスを気にせず勝手に喋り出す。 「そっか、そっか‼ 昨日、俺、ハンカチをポケットに入れっぱなしだったもんな‼‼」 「そ……、そうた?」 「それでそのまま店の手伝いしちゃったから‼」 「そ……、そうた?」 「その時に、ソースの匂いとかがついちゃったんだなあ~! そっか、そっか~‼」 「……、そ! う! た!」 「いいっ⁉ は、はいっ⁉」  アリスが声高らかに、爽太の名を呼ぶ。1人納得顔だった爽太は、慌ててアリスを見る。なんだか不満げな顔をしているアリスが、そこにはいた。 「おこのみ・やき?」  アリスの不思議そうな声音。爽太は戸惑うも、ハッと気づく。  もしかしてアリス、お好み焼きを知らないんじゃ。 「あっ、えっとさ! 俺の家、お好み焼き屋でさ! お好み焼き、っていう食べ物を作ってて! あっ、えっと……、フード! その~……、 スシ! テンプラ! オコノミヤキ‼ って、言う……ね。お、オッケー?」  何とも情けない、片言の英語だった。  ちゃんと伝わってるかな……。  爽太は恐る恐る、アリスの表情をうかがう。そこには―。 「えっ⁉」  大きく見開いた瞳に、好奇心でいっぱいのアリスの顔があった。   「おこのみ、やき?」  不思議そうに、でもなんだか楽しそうに呟くアリス。口元が優しい笑みを浮かべ始めていた。  もう見れないと思っていたアリスの可愛いくて、楽しそうな表情。  転校初日のドキドキした気持ちが蘇る。  もうこんなチャンスはない。 「あっ、あのさ‼」 「?」   首を少し傾けるアリス。 「そ、その……。くっ‼ ア、アリス‼‼ お、俺の家に来てほしい‼‼」  なおも首を傾げるアリス。爽太は記憶にある、ありったけの英語を口に発する。 「レッツ、イート! お、お好み焼き! フード! 俺のホーム‼‼」  高らかに叫んだ爽太。その言葉にアリスの口元は、ふわりと微笑んだのだった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加