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序・学校はブラックだった。
(序)ブラック職場
浩輔は高校の教員だった。仕事は「ブラック」とまでもいかなかったが、病気を抱えた浩輔にとってはきつかった。本当にきつかった。何がきつかった?人間関係? 授業? いえいえどれでもありません。事務仕事所謂校務分掌がきつかったのです。
授業は週十八時間で、中学校よりは「まし」だった。しかし校務分掌、所謂事務仕事の量が半端でなかった。元々、教員で一番忙しいのは担任だと言われている。後、年齢を重ねていくと、教務主任やら生徒指導部長やら進路指導部長やら学年主任やら、所謂中間管理職も経験させられる。
しかし、病気を抱えた浩輔は、その点は配慮してもらえたのか、進路指導部人権・奨学金係ということで無理な仕事は与えられなかった。それでも病気を抱えた浩輔にとってはきつかった。
その上に浩輔には認知症で介護の必要な父親がいた。母親は既に癌で亡くなっていた。
また、部活動の指導もあった。
浩輔が任された部活動はハンドボール部だった。浩輔にとってはルールすら知らない全く未知の運動部だ。
浩輔は、かつて教育困難校にいた。ここでの部活動は空手部だった。浩輔は空手の段を持っていたので、難なくこなせていた。---というよりは、浩輔は武術以外に運動ができなかった。
浩輔は大学時代は古武道部に所属し、二段の腕前を持っていた。また合気道や居合道の段も持っていた。だから初任校では合気道部を任された。楽しかったなあと、今になって思う。でも、それでは駄目だった。
普通部活動の顧問なんかは「居ればいい」のである。何も指導する必要はない。しかし浩輔の考えは違っていた。
前任校で浩輔は校長に「もてる部活動がない」とぼやいたことがあった。すると、校長は言った。
「あんた、どんな部活動やったらもてるんや?」
「そうですねえ、空手部がなければ文化系ですね。吹奏楽も持ったことがあります」
「そうか。それであんたタクトは振れるんか?」
ここで浩輔ははたと困ってしまった。浩輔の考えでは「タクトが振れる」とは、少なくともスコアが読め、楽器はピアノも含めて四つ以上でき、完璧な指導ができる人間、まあ、小澤征爾とかカラヤンとかカール=ベームとかフルトベングラーとか、そのレベルを指すのである。浩輔はピアノなら弾けたが、タクトなんか振ったことはない。
「できません」と答えた。
すると、「それなら、あんた英語の免許持ってるけど英語は話せるか?」と聞かれた。
浩輔にとって「英語が話せる」とは英検一級に楽々と受かり、TOEICでは満点を取れるレベルを言う。
「出来ません」と答えた。
すると「コンピュータはできるか?」と尋ねてきた。
浩輔の考えでは「コンピュータができる」とはエクセルでマクロが組め、BASICどころかフォートランやコボルと言った言語ができる状態を指す。
勿論「出来ません」と答えた。
「あんた、何もできん奴やのう」という答えが返ってきた。
また、この学校では五時に帰る教師なんかはいなかった。早くても九時、遅くなると日をまたいで仕事に追われていたのだ。
そして、学校でできなかった仕事はUSBに入れて家に持ち帰ることもあった。
実は、仕事をUSBに入れて持ち帰ることは厳に慎むべきことだと管理職から言われていた。個人情報が入っているからだ。だから教師達は遅くまで学校に残って仕事をしていたのである。
ここでは校長のパワハラや後輩教師からのいじめなんかは日常茶飯事のようにあった。「先輩教師」じゃなくて「後輩教師」である。
しかし浩輔は耐えた。妻と二人暮らしであったが、妻には稼ぎがなかったので、働かざるを得なかったのである。
そんな浩輔に校長から突然辞令が出た。
「大山君、島にある特別支援学校へ行ってくれるか?」
「え?特別支援学校って、所謂養護学校ですよねえ」
「ああ、そうや」
「どうしてですか?」
「そりゃ、あんた、まともに授業もできへんやろが」
「まともにしてますよ」
「そうか。それやったら一回あんたの授業を見せてもらう。納得のいかんようなものやったら特別支援学校へ行ってもらうで」
そしてある日、本当に校長が授業を見学に来た。授業見学の後で校長は言った。
「あんたの授業やったら、やかましい学校へ行ったらやかましくなるし、進学校へ行ったらみんな寝るなあ」
では、どんな授業が「良い授業」というのだろうか?
浩輔は少なくとも授業で駄目印を押されたことなんかなかった。それどころか、一年間の最後の授業で生徒の感想を書かせてみたら、みんな判で押したように「わかりやすかった」、「楽しかった」、「よく知っているなあと思った」などの高評価ばかりである。
これが生徒の「勤務評定」だったのである。校長の勤務評定とは全く違っていた。
しかし、校長は半ば強制的に(これを「強配」という)浩輔を特別支援学校へ追いやったのである。
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