1、星さん降ってくる

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1、星さん降ってくる

1、  (ほし)さんが降ってきたのは、俺がスマホのアプリゲームで、半端なく強い中ボスを倒すための課金を迷っている時だった。 「くそっ、またゲームオーバーか」  舌打ちし、五回目のゲームオーバーに課金をポチろうとした瞬間、 「ひゃぁぁぁぁ!!」  と、深夜の公園に女の悲鳴が響いた。 「な、何っ!?」  スマホのバイブの様に小刻みに震え、恐怖でスマホを握り締める。  深夜1時。寂れた公園は木枯しが舞い、電灯はちかちかと弱々しく薄暗い。  ネガってる俺は一瞬にして、最悪の事態を想像した。  強盗、恐喝、暴行、痴漢、近くで犯罪が起きているのか……。 「おちるぅぅぅっ!」  再び、暗い夜空から同じ声が聞こえ、上を見ると、人らしきものが落ちてきている。 「うわっ、嘘だろ」  慌てふためいて、咄嗟に両腕を出す。  ずしんとした骨に響く衝撃を受け止め、力を込めるあまり硬く閉じた目を開けると、腕には二十歳ぐらいの女の子が居た。  薄明かりでも分かる、ブロンドの髪に陶器の様になめらかな白い肌。桃色に染まった頬と唇は艶々しており、彼女はぎゅっと閉じた薄い瞼をこわごわと開いた。煙るような睫毛の奥の碧眼に、街灯のわずかな光が入り込む。青の雫が鮮やかに光り、俺の顔がぼやっと(うつ)る。  て、天使?  彼女はにっこりと笑い、俺の首に両腕を回した。 「ひーくん! 死ぬかと思ったよぉ! 分かる? わたし、(ほし)だよ。会いにきたの、これからよろしく!」 「星、さん……、なんで、ひーくん?」 「(ひろ)くんでしょ? だから、ひーくん」  確かに、尋、は俺の名前だ。  いくらこなしても減らない業務、連日のサービス残業に風当たりの強い上司、そのストレスの捌け口になりたくない無関心を装う同僚の目。  レテワークで済むはずの会議に強制的に参加させられる、入社一年目の理不尽。  ミスを押し付けられ、終電、終バスを逃し、タクシーに乗る金も、探す気もなく、ブラック企業にやる気も体力も精神力も吸い取られた俺は、金髪碧眼の美少女が降ってくるという妄想をしてしまうほど、イカれてしまったのか。  哀れ、俺。 「ひーくんが、わたしを呼んだんだよ!」 「はぁ? 呼んでないよ。大体、アンタ、空から降って来なかった?」  ずいぶんヤバイ妄想だ、とため息を吐き、彼女を降ろそうとすると、彼女はぎゅっと俺の首に両腕を絡めた。 「アンタって呼ばないでっ! わたしには星って名前があるんだから」  ふわりと苺のような甘い匂いがして、満更でもない気持ちになって聞く。 「……じゃあ、えっと、……星さんは何?」 「わたし、未来から地球を征服するために来たのっ!」  ……妄想、乙。
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