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[二]
これは、二年目の春の記憶。
少しずつ暖かな気候となる中、私は丁度十作目の作品を確認していた。パソコンの画面の中には、文字が連ねられており、SF的な世界の廃墟で主人公達が跳ね回っている。王道かつテンポよく、誰でも楽しめそうな冒険譚だ。
「十作目、ありがとうございます」
USBメモリにデータを保存している彼に対して、座椅子から立ち、私は頭を下げた。いつもなら適当に返されるのだが、今日は何も口を開かない。どうしたのだろうかと頭を上げると、彼はパソコンの画面ではなくUSBメモリを見て考え込んでいた。
「USBメモリがどうかしたんですか?」
特に装飾はない、無地のUSBメモリ。GBは書かれていないが、確か二百は入ったはずだ。
「ああ……何でUSBメモリなのかと思って」
その質問に、首を傾げる。何かおかしいところがあっただろうか。「このタイプが主流らしいからですが……」
持ち運びも考えれば、これで十分なはずだし、そう規定で決まっている。
「いや、それはそうだが……」
彼は何とも言えない顔で切り出すと、
「ここは、もっと近未来でSFチックな、こう……展開して凄いかっこよくなったり、謎原理で何かしたりとか……そう言うのはないのか?」
手で形を表そうとして出来ないまま、具体性はあるものの表現性に欠ける疑問を投げかける。
そう言えば、彼はSF系の小説を書く事が多い。他の小説も書く事から専門、とまではいかないだろうが、やはり好みなのだろうか。
「途端に語彙力が無くなりますね……有無に関しては、規約に反するので言えませんが」
「残念だな……」
彼は少し肩を落とし、珍しく感情を露わにしながら呟いた。
時計の針は進み、彼が用意した珈琲から湯気は消える。少し冷めたそれを彼はパソコンデスクに置いた。
「で? これで十作目な訳だが大体何作品欲しいんだ?」
「具体的な数字はありません。こちらから払える物も多くはありませんし、完全にご好意にお任せしていますね」
座椅子で本を読んでいた私は、閉じて答えた。マニュアルにもあるように、実際、ノルマも無いし一作品貰えるだけでもいい、と言ったスタンスだ。多ければ多い程、勿論有り難いが、少なくても期待外れと言う訳ではない。
「まあ、そんなもんか」
くるりと背を向け、再びパソコンを叩き出した彼を眺めながら、座椅子に身体を預けた。彼の作品は、私の知る彼とはおおよそかけ離れた内容だ。何処からこのアイデアが浮かんでいるのだろうかといつも気になるが、もしかしたら私が知らないだけで、そういった面を持っているのだろうか。
もしそうなら――あと一年で、見られるだろうか。
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