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[五]
ガタン、と一際大きくゴンドラが揺れた。
窓から差し込む西陽が眩しいらしく、彼は目を細めた。時を刻むように、荒っぽくも規則的にゴンドラは観覧車の頂上を目指す。
ノスタルジックで、ともすればロマンチックにも感じられる、夕刻。終わりへと転がり出した世界に揺られながら、私は外へと視界を投げた。「あと、少しですね」
「……ああ、もう陽が落ちるな」
彼は脚を組み、外を眺めながら返す。確かに陽は落ちるが、私が言いたいのはそれではない。「そうではなくて」
「頂上に着くって事か?」
そこで、漸くわざと言っている事に気が付いた。何故、彼がそんな事をしているかは分からないが、このままでは埒が明かないだろう。
諦め、無理矢理本旨に入る。「私は、貴方に感謝しています」
三年間の期限の最後の日、マニュアルで規定された予定。
「私を受け入れてくれた事、三年間作品を頂けた事」
ゆっくりと頭を下げ、礼を述べる。予め決まっていた、テンプレート通りの台詞だ。
「細かな点を挙げれば、キリがありません。その全てに、私は代表として感謝を述べさせて頂きます」
頭を上げると、彼は目を背けていて、いつものように冷たく言った。「……別に、俺は普段通り小説を書いただけだ。特別な事はしてない」
ゴンドラが、頂上に達する。
彼がそう言うなら、そうであるはずだ。なのに、私の口からはいつの間にか否定の言葉がついて出ていた。
「そんな事、ありませんよ」
思考よりも先に、口が動いていた。
どうしてそう言ったのか、頭を回して考える。考えて辿り着いたのは、簡単な事実だった。
私を、人間のように扱ってくれていた事。それ以上に、特別な事はない。
彼は殆ど私に構わない人だった。だけれども、ずっと彼は私を人間の様に扱ってくれていた。
布団を買うと言ってくれた時も。必要ないと断った私に、見ている自分が落ち着かないからと言い張って用意してくれた。彼が小説を書いている時だって、態々本を用意してくれた。
あの時も、あの時も、あの時だって――彼は私をアンドロイドではなく、人間として扱ってくれていた事に、私は最初疑問を覚えていた。私には不必要なのに、と。
だけど、その一つ一つのおかげで、私はずっと人間らしくなれて、ずっと人間らしい事を考えられるようになっていて。いつからか、疑問を塗りつぶす様に覚えていたのは――
「……っ」
改めて、言わないといけない言葉がある。
三年間の記憶が、留めなく思い返される。少しも止まらなくて、制御が効かなくて、処理が重たくなっていって、それでも言いたくて、
「本当に、ありがとうございます」
私は上手く、笑顔を作れていただろうか。
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