事件の解を求めて

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事件の解を求めて

「東野さん。お疲れ様です。コーヒーは如何ですか?」 「頂くよ、西村。有難う」 デスクに戻ってきたら、部下の西村千歌はまだデスクでパソコンと向かい合っていた。彼女は、今回の事件で俺のサポートとして動いてもらっている。三年前の春、検察庁に異動して来た彼女。とても優秀で今や俺の右腕として、存分に力を発揮している。 「それで、南沢さんは…。容疑者はどんな様子でしたか」 先程まで取り調べを行っていた、南沢繭の事を思い出す。彼女は今回の事件の被疑者である。北川一希を殺した、張本人。彼女には北川を殺した、動かぬ証拠があった。まず凶器。北川の死因は刺殺。胸部、腹部、左足の付け根に刺し傷があった。そして、その犯行に使われたと思われる包丁は血濡れのまま、南沢の部屋で見つかった。そして遺書等自殺を仄めかす物が何も無い事。何より死亡推定時刻に、彼女は北川のマンションの防犯カメラに映っていた。第一発見者は北川浩司。一希の父親だ。彼女が防犯カメラに映っていた時刻と父親の通報までの時間は僅か15分程度だった。 「なあ、西村」 「はい」 「殺したくなる程、誰かを好きになった事はあるか?」 「どういう意味ですか?」 突然の質問に、西村は困惑した。今日南沢の話を聞いて、より事件の真実が遠くなった気がした。彼女の話を聞いていると、犯行の動機は何も見えてこない。こんなにも彼女は事件として、クロなのに。彼女の北川への想いは、殺害理由と全く結びつかなくて、俺は頭を抱えた。 「南沢の供述から、全く犯行動機が見えてこない。北川を愛していると言いながら、何故彼女は彼を殺してしまったのか。今日の聴取で分かったことはそれだけだ」 「……彼女は何と言って、その話を始めたのですか?」 「何故、自分が北川を好きだったのかを話し始めたんだ。それも幼少期の出来事から。全くそんなことに時間を……」 「東野さん。女の子は、心とは裏腹な行動を取ることもあります。理性と本能の狭間で、悩んで、苦しんで、後悔して。そんな風に生きる女の子は沢山いると思いますよ。……まして南沢繭は、まだ二十歳です。一人の大人の女性として成熟していると捉えられる年頃でもあるし、まだまだミルクの香りが残る未熟な女の子とも捉えられます。」 西村はコーヒーを差し出しながら、俺の愚痴を制止した。 「…どういう意味だ?」 「では何故、彼女は北川との関係を東野さんに話し出したと思いますか? それも生まれた瞬間から。ただの衝動的な犯行で有れば、一言理由を話せば済む話です」 つまり、と西村は言葉を続ける。 「南沢と北川の間には、二人にしか分からない何かがあるのです。それを南沢は東野さんに伝えることで、何かを求めているのでは無いでしょうか? それが分かった時、この事件は解決への糸口に繋がると思います」 「そんな事に、付き合えって言うのか? ただでさえトリックやアリバイもない、確実に犯人が分かっているこの事件に?」 俺の言葉に西村は顔を顰めた。少し考える様な動作をした後、閃いた顔を俺に向ける。 「明日からの取り調べに、同席させてください」 「どうした、突然」 「こんな事、と先ほど東野さんは仰いました。それが間違っていると思います。この事件は単純な殺人事件ではない。もっと複雑な人間関係や、彼女の心情を理解すべきなのではないでしょうか? 最愛の人を殺したという事実だけでは、見えない真実が私には何となく……見えています。それに傷跡の凄惨さをご覧になったでしょう? これを女性一人で行えると思いますか? それもたった一人、あの短時間で」 「おいおい。俺の見立ては見当違いだと言いたいのか? ……もしや南沢は北川を殺していないとでもいうのか?」 「端的に言えば、そうです。ただ、これが見当違いなのかは……私も彼女と対面してみないと分かりません」 確かにそうだ。人間の体は案外丈夫に出来ている。犯行にかかった時間は恐らく10分程度だろうか。女性の力で、そこまでの事を行えるかと言われると難しいという西村の見解は正しい気もする。俺は何か大切な事を見落としているのか。手元の資料を見返す。何枚捲っても何も思い付かない。 「西村。お前は何故、そんな風に思ったんだ? ましてや誤認逮捕の線を疑うなんて、ナンセンス過ぎる。彼女は容疑を認めているんだぞ」 「そうですね」 「じゃあ尚更だ。今、誤認逮捕の線は普通に検察として疑うべきではないだろう」 「…これは私の女の勘ですよ。でも真実に近づくのであれば、選択肢は多い方が得策だと考えます」 「女の勘、ねぇ……。今日はそんな事ばかりだ。全く女という生き物を理解できなくて、頭が痛くなる」 西村に同席してもらう事は不満は無いが、未だ事情聴取の実践経験を持たせていない事が不安だった。こんなことなら、もっと実践を積ませて置くべきだった。 「実践経験なら、ご心配無く。私の前職をお忘れですか?」 にっこりと微笑みながら、俺の意図を汲み取る。そうだ、確かにそれなら……。 「こんな所で役に立つとは思いませんでした。心理カウンセラーの資格が。」
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