誘惑

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誘惑

 憲兵の巡回ルートは実に退屈だ。一方通行なのに重ねて、滅多に何も起きない。ごくたまに通路を逆走してきた野ネズミなどが、トラップに引っかかって干からびていることがあるが、安全装置を噛ませて取り除くことなど雑作もない。今日も、哀れな地リスの死骸を発見した。取り除いて空堀に放り込めば、天然のスカベンジャーたちが跡形もなく処理してくれる。  アオズミの憲兵歴は、アワの国襲撃直後からだから隊の中では長い方だった。卓越した運動神経と丈夫な体を生かせる安定職としてこの仕事に着いたが、こう平和な世が続くと退屈極まりない。いや、別に戦乱の時代がよかったわけではないが、毎日が単調すぎるのは正直つらい。つい、余計な事ばかり考えてしまう。  地リスの死骸をつまみ上げて、薄暗い王宮地下巡回通路から外壁点検用通路に出た。外に張り出した点検通路には、降り込んだ雪がうっすらと積もっていた。雪を踏みしめて明り取りの窓から外堀へ死骸を放り投げ、振り返る。 「ん? こんなところに道があったか?」  巡回路に戻る入口の隣に細くぽっかりと別の入り口が開いていた。何十年何百回と巡回してきたのに、気が付かなかった。まぁ、気が付いたとしても、ここは外壁点検用の通路で巡回路ではない。  巡回路ではないが……。  退屈な日々に飽いていたが故に、ふとした悪戯心が芽生えた。この先には何があるのだろうか? 幸い、この巡回を済ませれば今日の仕事は終わりだ。  アオズミは、入ったことのない通路に足を踏み入れた。
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