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……呆気ないものだった。
しんだ、と確信してもなお締め続けた加奈子は肩で息をして、気がつけば汗ばんでいたのだった。
母親、とかつて呼んでいた人は息絶えた。
自分を苦しめた人間は、死んだのだ。
加奈子の心に明るい気持ちがともる。
これで、もう振り回されることはない。
お金を吸い取られることもなく、平穏に暮らしていける。
その瞬間、この早朝からそっと春風が忍び込んできた。
ああ、昨晩は網戸に解放してたんだっけ?そう思いノロノロと加奈子は立ち上がり、薄汚れた網戸から外の景色を見たのだった。
見えるのは、小さな道路に走る車。
そして道の脇に小さく美しく可憐に咲き誇っている春の花々が見えた。
花は咲き誇るためにたくさんの日を費やして栄養を蓄える。硬い蕾から柔らかく開き始め、その頃が1番かぐわしい香りを放つ。
……果たして自分の人生にそんな時期があっただろうか?
┈┈不意に加奈子は、スマホを取りだした。
こんな時に電話がなっているのだ。
が、次の瞬間、相手の表示に慄く自分がいた。
学生時代の恩師からだった。
彼は卒業してからもたまに心配して年に一度ほど連絡をくれていた。まさか、それが今日かかってくるなんて……。
加奈子は、慎重に震える手でスマホを耳にあてる。
「もしもし。」
『おー、久しぶりやの。元気しとるんか?いまどこにいるんや。』
加奈子は震える声を喉から貪り出して必死に繕う。
「いま、実家に、います。」
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