1.どんなに眠れなくても

4/9
前へ
/586ページ
次へ
「英児さん。二人とも眠ったわよ」  だから、そこそこで引き返しましょう。貴方も明日、仕事でしょ。そう言いたかったのに。 「気晴らしに走っていいか」  帰るより、彼は運転したいらしい。 「うん、私はいいけど……」  雨なのに。天気も良くなく、だから景色も良くない。なのに英児が海沿いの道へ向かっていくのがわかった。 「おかしいよな。車に乗せると黙るんだ。親父としては先輩のシノから聞いていたけどよ、『夜泣きで車に乗せるのもひとつの手』だって。『まさか』と思ったけど、うちは効果覿面だな」 「そうね。特に小鳥ったら。エンジン聞いただけで泣きやんじゃって」 「そんなとこ。面白いな、子供ってさ」  フロントミラーに映る英児の目。あの優しい目尻のしわを浮かべて、やっぱり嬉しそう。琴子も笑顔になってしまう。 「英児さん、いつもありがとう。こうして、一緒に夜泣きに付き合ってくれて」  本当に子供達に同じように手をかけて、この夫は一緒に子育てをしてくれる。  だが次にミラーに見えた彼の目が、笑みを消していたので琴子はドキリとする。あの、ガンとばすみたいな怖い顔。 「一人きりだった頃を思えば、なんでもねーよ。うるさくてもよ、思い通りになってくれなくてもよ、ぐっすり眠れなくてもよ」  孤独を抱えていた彼だからこそ。どんなに思い通りにならなくても『これが幸せ』。その生活を営んでいるだけのこと。そう言いたいらしい。 「気にすんなよ。俺、好きでやっているんだから」 「うん」 「だから。お前も少し眠っておけ」  ……やっと解った。どうしてすぐ家に帰らずに、ドライブをしているのか。私を休ませるため?
/586ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2374人が本棚に入れています
本棚に追加