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父の声が震えている気がした。怒りたくても怒れない、安心したけど、今の今までもの凄く心配していた。そんな感情の震えが小鳥にも伝わってきた。
『とにかく、帰ってこい。信じていたよ、父ちゃんも。お前が横にいれば、翔は馬鹿なことはしないって……。信じていた』
そして、父が今度は静かに言った。
『小鳥。翔のこと、頼んだぞ。俺にとっちゃ、従業員は家族も同然だからよ。お前に任せる』
「お父さん……」
従業員を思う気持ち、家族のように日々を過ごしてきたから、お前も、俺と同じ気持ちでやってくれたこと。
英児父はそう言って、小鳥に任せてくれた。それはもう子供にわざわざ頼んでいるというふうではなく、……それは、初めて、父に、一人の任せられる大人として信じてもらえた気にもなって、小鳥は驚いていた。
電話を切って翔に返そうとすると、彼は暗い瀬戸内を力強く遠くまで照らす灯台の明かりを目で追っていた。
遠い漁り火の夜海から、柔らかな夏の夜風が彼の黒髪を揺らしていた。
そっとその顔を覗くと、静かに微笑んでいる。それを見ただけで、小鳥の小さな胸が……いつものようにぎゅっと甘く締め付けられた。それはもう、ずっと格好いいと思っていたお兄ちゃんの顔だった。
今日の夕方は、パリッとしていたスーツ姿も、今はジャケットもなく、ネクタイもなく、クレリックのお洒落なシャツはくしゃくしゃで、シャツもスラックスもところどころ泥で汚れていた。
「……お兄ちゃん。汚れちゃったね」
指さして笑うと、彼もにっこりと笑ってくれる。
「あはは。似合わないことしすぎた。でも……この汚れているのが、俺は嫌いじゃない」
「ネクタイのお兄ちゃんも、格好いいよ。スーツの時、いつもそう思ってる」
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