2355人が本棚に入れています
本棚に追加
だからって。小鳥は申し訳なくは思わない。そして彼等に、きちんと今こそ告げるべきだと毅然とする。
「そうして。私、ずっと同じ人を好きだし……。これからもきっとその人が好き」
「そっか。それでも納得しなかったら、あいつ、当たって砕けに行くと思うから、頼むな」
「わかった。ハンパなことしない。はっきり言うよ。私の今の気持ちを……心苦しくても。そして気にかけてくれて有り難うって言う」
「うん、安心した。じゃあ、それだけ」
すっと、潔く――。竜太が背を向ける。ネクタイを緩めている夏シャツの後ろ姿。彼の茶色の毛先が耳元をくすぐる、そんな夏風が吹いてくる。
そのまま、行ってしまうと思ったのに。竜太は途中でまた立ち止まった。
「そいつ。お前のことどう思ってんの」
竜太にもきちんと言うべきなのだろう……と、小鳥は口を開く。
「まだ子供だと思ってる」
「望み、あるのかよ」
背中を向けたままの、問い。だけど小鳥は竜太の顔を思い浮かべ、背中に向けてまっすぐに告げる。
「……いまは、ないかな。でも、前よりずっと好きになってしまったから。私も当分、その人をずっと追っていくと思う」
「大人、なんだろ。何歳」
「……二十八」
「父ちゃんの会社の人間?」
「うん」
「元ヤン?」
その問いにはちょっと、小鳥は眉をひそめたが。
「ううん。地元の国立大を出た人だけど。親父さんに憧れて、うちに来ちゃったんだって」
「へえ」
背を向けたまま、竜太はそこでずっと立ち止まって歩き出そうとしなかった。
まだ何かを聞き足りないのか。小鳥は次の問を待ってみた。
「そいつも。車が好きなんだ」
最初のコメントを投稿しよう!