2355人が本棚に入れています
本棚に追加
あの閑静な住宅地で育ってきたのならば、ここはきっと騒音の固まりに違いない。それでもスミレは楽しそうな笑顔をずっと見せてくれている。
小鳥も気を取り直し『そうだね』と微笑み返す。
いつもは事務所裏の勝手口から自宅へ向かうが、今日は事務所の扉を開けてみる。
そこには、事務に勤しむ二人の男。ネクタイでビジネスマン風の眼鏡をかけている専務と、泥と油に汚れた作業着姿で社長デスクで帳簿を眺めている父がいる。
その父が事務所の扉が開いて誰が来たかと確かめるために頭を上げたのだが、スミレを見るなりとても驚いた顔で立ち上がった。
「い、いらっしゃい?」
また何かあったのかと訝る父の目線が小鳥に届く。
「お祖母ちゃんのレエス編みを見せようとおもって、連れてきたんだ。彼女、手芸部なんだって。車にも興味があるて言うから」
「うわ! それは嬉しいな。いらっしゃい。菫さん! どうぞゆっくりしていってください」
父も名前を覚えていたようで、それだけでスミレが嬉しそうな顔になったのを小鳥は見た。
「先日はご丁寧に、自宅まで来てくださって有り難うございました。もう手は大丈夫です。両親も何も言いません、なので二度とお気になさらないようにしてください」
彼女が深々と英児父に頭を下げると、どうしたことか英児父が年甲斐もなく頬を染めてあたふたしているように見えてしまい、小鳥は眉をひそめた。
だけど、この様子をまたもや眼鏡の専務がだまーって眺めていたけれど、そこでついににっこり余裕の笑顔を見せると言いだした。
「ほんとだ。琴子さんに似ているね」
「武智、そういうこと今言うなよっ」
最初のコメントを投稿しよう!