2355人が本棚に入れています
本棚に追加
夏の朝の道。呼ばれて振り返ると、いつもの龍星轟ジャケット姿の翔が立っていた。
「お兄ちゃん……」
彼が笑って手を振ってくれた。それだけで、小鳥は泣きそうになったが堪えた。
「ただいま。迷惑かけたな」
小鳥は静かに首を振る。どこか気まずそうな彼を見て、小鳥から歩み寄る。
いつにない感情を爆発させ、上司の言い付けを破って、しかも上司の未成年である娘を助手席に乗せたまま連れ去ってしまった彼。
そんな彼の顔を見上げると、口元に痣……。そこへ小鳥はそっと指先を伸ばした。
「五日経っても消えなかったんだ」
彼の唇の端に、小鳥の指先が触れる。また彼が少し固まった。だから……小鳥は静かに指をそこから離そうと。
だけどそこで離れそうになった小鳥の手を、翔からぎゅっと握ってきた。
「当然だろ。俺、クビにすると言われたのに上司の言い付けを破ったんだから。しかも上司の娘を連れ去って。この戒めは簡単に消しちゃいけない、消えちゃいけない。これでいいんだ」
「私も覚えてるよ。私の頬にも同じ痣があるよ」
平手打ちだった小鳥に痣なんて無い。でも心の中に感触としてその痣はある。一緒に叱られて、一緒に痛い思いをした。そんな二人一緒の過ちと痛み。
だから。小鳥はもう一度、熱く握ってくれるその手のまま、彼の唇の端にある痣に触れた。翔もそっと眼差しを伏せてその指先を受け入れてくれた。
「おかえり。翔兄」
目を閉じたまま、彼がそっと微笑んでくれる。小鳥の指の下で、彼の口角があがるのがわかる。
「ただいま、小鳥。これからもよろしくな」
最初のコメントを投稿しよう!