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帰ってきてくれた。そして彼はもう迷わず躊躇せず、あの岬の夜のままここで生きていくことを決意してきてくれたのだと――。
彼の揺るぎない黒く煌めく眼差しが小鳥へと舞い降りてくる。
「来年。一緒に走ろうな。待っている」
唇の端に触れていた指先だったはずなのに、いつの間にか、小鳥の指には翔の唇。そこで彼がそう囁いた。
指先に熱い息が降りかかる誘いだった。甘い疼きを初めて小鳥は感じ取っていた。男に触れる、愛される、受け入れてもらえる、それってこういうこと?
でもそこまで。茫然としている小鳥の代わりに、翔からその手を静かに優しく降ろしてくれた。
「学校だろ。気をつけていって来いよ」
「うん」
空港向こうの海風の匂いがやってくる夏の朝。小鳥は彼に見送られて走り出す。
でも。立ち止まって小鳥は振り返る。まだそこに立ったまま小鳥を見送ってくれる翔が手を振る笑顔。直ぐに背を向けて去っていかず、まだそこにいてくれて小鳥は微笑んだ。
翔兄、大好き!
――と、大声で言いそうになり。でも小鳥はぐっと堪えた。
やめよう。自分の気持ちだけをぶつけるだなんてやめよう。いまはまだ、彼の気持ちは彼のもの。壊れたばかりの心をそっと再生していく彼を、また今日からそっと見守っていこう。
私、彼の傍にいる。ずっと、いる。
彼が好き。でも好きなだけじゃない。彼の痛い気持ちも一緒に痛いと思っていきたい。
なんだかなにもかもが、愛おしいの。初めてそう思った。
恋はお終い、小さくても愛なの。
また変わらぬ日々が戻ってくるだろう。
家族のように毎日一緒にいる龍星轟一同との日々。そして変わらぬ友人達との最後の高校生活。
でも少しだけ前とちょっと違うことを感じながら。
また季節がひとめぐり。同じ季節にここに立つと、また同じ潮の匂いがする風が小鳥を包み込んでいた。
小鳥の小さな愛は、その時……。
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