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「お兄ちゃん……なんて、呼ばなければ良かった」
何年も前のことを、今更ながら憾んでる。小さな女の子だったからこそ、自然と馴染んでしまった彼への愛称が最近はちょっと哀しい。
だからって。あのお兄さんのことをなんと呼べばいい? やっぱり『お兄ちゃん』か『翔兄』としか言えない。
今でも真面目で淡々と日々を過ごしている彼に、大きな変化はない。ただ彼のバックヤードで隠されていた『恋人』という影が消えただけで、相も変わらず『お兄ちゃん』だった。
どこに行っても『滝田社長のお嬢さん』と紹介される。龍星轟では『夜、走りに出かけるようになった娘がどうしているか』とヤキモキしている英児父に、部下として『大丈夫ですよ。俺がついていますから』とかなんとか言って、ちくいち報告してるのだろう?
英児父も『頼んだぞ。あいつ勝ち気でトラブル引き寄せる体質だからよ。お前がついていれば安心だわ』とかなんとか言って、本当に部下である翔に頼っている。
そんな男二人の姿を垣間見るようになると、小鳥は苛ついた。
英児父は翔兄のことを従業員として小鳥のお守り役にさせているし、翔兄は翔兄で、上司の言い付けを守りたいから小鳥の傍にいてくれるのだと。
なにかあったらいけないから、『夜、でかけるなら。俺と一緒にいればいい』ぐらいに思っているのだろう。
そんなの、もう限界!!
大学生になってから、この二年。それだけの繰り返しだった。
だから小鳥は今夜『初めて』、あの遠い岬に『夜、一人で』行く。そう決めていた。
……いや。と、小鳥はハンドルをぎゅっと握り、一瞬だけ眼差しを伏せる。
お兄ちゃんと二人きりになれたら、誘うつもりだった。
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