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ただ好きだった人の痛みも悲しみも知った日。同じように小鳥の心にも頬にも痣が出来た夜。あの時から、小鳥の恋は『憧れ』から『愛』に変わった。
どんなに痛々しい情けない姿を見せられても、彼を抱きしめたいくらい好きだと自覚した日。幻滅なんてしなかった。同じように泣いて、同じように噛みしめていた。それぐらい好き。
しかし小鳥の一方通行。それでも、あの後もこの岬には彼と何度も来た。
ひばりが鳴く春の灯台も、遠くまできらきらと青い輝きを放つ夏の海も、短い日暮れに紅く染まる秋の海も。そして、白い息が夜空に映える冬の、今夜も。何度も彼と一緒にその風を感じてきた。
瀬戸内の向こうの向こう、九州が見えてしまうのではないかと思うぐらいに煌々と波間を照らす灯台の光が、果てなく夜海を照らしている。翔はそれを暫し眺めている。本当なら小鳥も彼の隣でそれを感じたい。
そして今夜はそれを感じたくて来たはずなのに。小鳥の身体は運転席から動こうとしなかった。
――決めてきたのに。一人なら『ハタチになったら彼に伝えよう』そう決めるために。二人なら『今夜、伝えよう。ダメでも伝えよう』そう決意するために。
その気持ちを、あの灯台に照らしあてて欲しかったのかもしれない。
なのに。小鳥は駐車場の暗闇に一人、今まで居座っていたそこから動けなくなっている。
やっぱり怖いんだ、私? 自問した。
「椿さんが終わっても、夜はまだ寒いな」
椿神社の祭りが終われば冷気が緩む、春を告げる祭りとこの街の人の言葉。日中の日射しはすっかり温かくなってきたが、夜はまだ白い息が出る。
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