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本当は夕方から夜閉店までのバイトが終わったら、翔兄の部屋に寄るつもり……だった。
それを今は悟られないように平静を保ち、小鳥はどうしてか急に手入れをしてくれたMR2に乗り込んだ。
シートベルトをしながらウィンドウを開け、まだそこにいる父に告げる。
「行ってきます」
「……小鳥」
今度は父が呼び止める。『なに』と見上げるとまだロックをしていない運転席のドアを英児父がざっと開けてしまう。
やっぱり言わずにいられないことがあるのかと、小鳥は硬直した。しかも英児父、開いたドアのそこで、アスファルトに膝をついて、下からグッと小鳥にガンを飛ばしている。
ヤンキー座りじゃないけど、それっぽい。しかもその睨み方。いつものように、英児父が真っ正面から本気でぶつかってくる時の眼だった。
「おい。父ちゃんの目を見てみろ」
下から睨まれている鬼の眼を、小鳥はきちんと見つめ返した。
「お前、正々堂々と生きているって言えるか」
遠回しな言い方だけれど、何を問われているのか、小鳥にもすぐに通じた。
容易い方へ流れて、心にもない男を選んだりしていないか。
男とうつつを抜かして、仕事も勉学も無責任に放り投げていないか。
やるべきこと、嘘偽りない道を歩んでいるのか。
英児父が問う『正々堂々』とは、そんなことなのだろう。
その問いの返事は決まっている。そして、ここは小鳥も絶対に怯まない。下から睨み倒す元ヤン親父のガンを受けながら、小鳥も静かに父の目を見た。
「後ろめたいコトなんてひとつもしていないよ。胸を張って父ちゃんに言えることしかしていないよ」
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