◆ 車屋さんバレンタイン

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 そうです、そうなんです。と、英児はしょぼくれてみた。 「俺なんか、あんまりもらったことないもんなー」 「香世ちゃんの時も? 千絵里さんの時も?」  英児は黙った。もらわなかったわけではない。ただ、琴子ならどんなふうにしてくれるのかなという期待があったのは本当のこと。 「やっと結婚式が終わって夫婦になったばかりじゃん。その上、年度末で印刷業界も忙殺される時期だよね。琴子さん、新婚旅行も返上で結婚式を終えたらまた残業続き。それどころじゃなかったんじゃない。来年までゆっくり待ってあげたらいいじゃん」 「言われてみれば、そうだな。バカだな、俺ったら」 「来年はきっと、琴子さんらしく準備してくれているよ。兄貴なんだから、そんなことで拗ねない拗ねない」 「拗ねてないだろ。意外すぎて拍子抜けしていただけだ」  わかった、わかった――と、ニンマリとからかう笑みを見せる眼鏡の後輩の頭に、また英児は経理行きの書類で頭をはたいておく。  ―◆・◆・◆・◆・◆―    瀬戸内の海の色が、少しずつ春らしくなっていく。  だが今夜も英児は一人で食事を済ませていた。彼女がいないと、途端に独身時代のように外食になってしまう。  店を閉めて、車でよく知っている店に行って、一人で食べて帰ってくる。それでもまだ二階の自宅に彼女が帰ってきていなかった。  もう十一時――。以前なら『俺が迎えに行く』とスカイラインで三好堂印刷まですっ飛んでいったのに、今の彼女は自らがフェアレディゼットを運転して通勤をしているので、それに乗って帰ってこなくてはならないから、英児の出番がない。 「相変わらず、時間に容赦ない仕事だな」
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