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ひとり煙草をくわえ、英児はふっと溜め息と共に煙を吹いた。
嫌だな。彼女がいないベッドに一人で寝転がるのが嫌だな。彼女がいつ戻ってきたかわからないだなんて嫌だな。
しかしまともに待っていると、本当に午前の一時や二時に帰ってくることもあって、英児も待ちきれないことがある。
待っていると琴子もびっくりして『駄目じゃない。明日もお仕事でしょ。ちゃんと寝ていて』と怒ったりすることもあった。
仕方ない。先に横になっているか――。
カーレースの録画を見ていたテレビを消して、リビングの灯りを落とそうとした時だった。鍵が開く音――。
英児はすぐにリビングの扉を開け、玄関へと急ぐ。
「おかえり、琴子」
眼鏡をかけた彼女がそこにいた。
「ああ、英児さん。まだ起きていたの」
とても疲れている声、それに、日に日に髪も乱れているような気がしてきた。
いつもきちんとお洒落な彼女が、本当に余裕をなくしていく時。そう、煙草の自販機で疲れ切った彼女に出会った時と同じように廃れた姿になりつつある。
「大丈夫か。すごく疲れているだろ」
「う……ん、大丈夫。いつものことなの~。しかも何年もやってきたから、大丈夫」
あくびをしながら、琴子がやっと玄関をあがる。
「メシ、食ったのか」
「うん、適当にー。はあ、このまま眠っちゃいたい……」
「そうしろよ」
「でも、昨夜、お風呂に入れなかったんだよね。朝にしようと思ったら起きられなかったし。さすがに二日も入らないで仕事に行くのは嫌なの。お風呂に行ってきます」
リビングのソファーにバッグを置くと、琴子はふらっとしながらバスルームへと消えていった。
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