◆ 車屋さんバレンタイン

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 ああ、もう俺は琴子には敵わねえんだな――。  情けないと思うどころか、ひとりでニマニマしている顔が珈琲の水面に映っていた。  ―◆・◆・◆・◆・◆―    それから数日後。土曜日。  土曜も彼女は休日出勤。英児も土曜は龍星轟で仕事。 「武智。西条の顧客のところまで行って来るな。帰りに南雲君に会うからよ、ちょっと遅くなる。夕方には帰れると思うからよろしくな」 「うん、気をつけて。いってらっしゃい」  自宅まで来て欲しいと頼まれた顧客宅をまわりながらの営業に出る。その帰りに常連上客の車マニアの御曹司、南雲氏と次のオフ会の話し合いをする約束をしていた。 「おう、社長さん。ゆっくりしてこいやー」  ガレージへと向かうと、ピットで整備作業をしている矢野じいから、からかう声。 「仕事だっつってんだろ。ゆっくりしにいくんじゃねえよ」 『へいへい』といつものクソ親父的な反応が返ってくるだけなので、英児もそれ以上はムキにならずにガレージに急いだ。  今日はそこに相棒のスカイラインがない。休日出勤の琴子が嬉しそうにして乗っていったから。 「おう、ひさしぶりだな。おまえ」  妻に捧げた銀色のフェアレディZのルーフを英児は撫でる。元愛車だが、これを結婚の記念にと妻にあげた車。いまは琴子の愛車。  その運転席に乗り込むと、やっぱり甘酸っぱい女の子の匂いで充満していた。 「おー、もう俺の車じゃねえな」  琴子が言うとおり。英児も同じ。いつもの相棒でないことはしっくりとしないが、それでも元愛車であって、惚れてる女の匂いに包まれるドライブも悪くはない。  そんな気分上々で、英児は銀色のスポーツカーで龍星轟を飛び出した。
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