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であればこそ、猶更信じられぬのはそれが僅か十代の少女によって成し遂げられたという、その事実。
よしんば信じたとして、認めることなど出来るはずもない。
それでも、だがそれでも、少女は確かに存在した。
今や、本来の帝国民の数倍に上る元敵国の民すらも含めて、現在の帝国民全てから唯一絶対の統治者として、彼女は確かに認められていた。
否、認め"られる"などという受け身のものではない、彼女は幾千万からの民に認め"させた"のだ。
彼女こそが彼らの『主』であると。
彼女の繰り出す施策に誤りは無く、いかなる時も正鵠を得る。
彼女の見出す先は常に他者を超え、正確無比。
彼女の言に従った者は、必ずその才覚を飛躍させる。
ほんの数年の内に起こった数多の変事と偉業を経て、誰しもが平伏する絶対者。
そうである、と世界に認めさせた彼女は今、己が城であるかのように居座るだだ広いいくつもの部屋で区切られた執務室の中にあった。
労働者には定時勤務が認められている。
だが、経営者にそれはあてはまらない。
同様に、帝国の頂点たる彼女がいつ休んでいるのか、それを正確に知り得るものなどどこにもいない。
その為、彼女の執務室には彼女に必要な全てが揃えられていた。
浴室、寝室、厠、ドレッサー、図書室、そして膨大な資料と共にある執務机と、応接室、etcetc……。
キッチンが無いのは彼女に料理をする習慣が無いからだったが、問題になったことはない。
この一連の部屋にあるのは常に一人。
メイドや侍従、もしくはその他の官僚達がなにかにつけて出入りすることがあっても、居続けるということはない。
本日もまた、そのようにしてその執務室には彼女ただ一人があった。
いや、もう一人。今日は来客がいた。
アッシュグレイに染まった灰の髪と同じ色のたっぷりとした口髭。
どこから見ても軍人然とした男が一人。
年齢を感じさせる顔に刻まれ始めた深い皺は、年経て凄みを増す獰猛な彼の強面をより一層剣呑なものへと変えていた。
隆々たる筋骨は衰えを知らず猛り、彼の寝そべるいかにも高級品といったソファーは彼の重みに軋みの悲鳴を上げまいと必死に耐えていた。
首元を多少緩めた軍服は戦時下でも無い帝都の最奥の部屋であっても儀礼用などではない戦闘用。
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