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いつでも前線に立てるかのようにズボンの裾まできっちりと長靴の中に入れられた格好ではあるが、その肩に張り付く階級はこの帝国において彼一人だけが許された元帥を示すもの。
だが世間一般では過去に積み揚げた功績によって彼はこう呼ばれていた。屠殺将軍、と。
彼の名は「ブラウリオ・ガルシア・リベア」。
いかにも歴戦の軍人らしく彼の左目に張り付く黒い眼帯は、その下に眠る傷が伊達でないことを知っている。
そんな壮年の男と美しい少女が広い奥の執務室に二人きり。
男・ブラウリオは部屋の主である少女を差し置いてソファーに寝そべり、少女・ネレアはその傍らにそれを咎めるでもなく静かに立っていた。
そして少女が静かに口を開く。
「ねーぇ、おじさま?」
「なんだよ随分と甘えた声だな。どうした」
「私たちが最初に会った日の事、覚えてらっしゃる?」
それまで言葉数少なげに然程大事でもない仕事のことを話していた二人だったが、ネレアが突然それまでの固く尖った声音をコロリと変え、猫撫で声、とでも形容すべき、トロリとした言葉でブラウリオに話しかける。
心震わせるような蜜と紛うばかりの声は少女の口から発せられるにはあまりにも蠱惑的で、聞いた者を皆蕩けさせてしまうような甘さがあった。
その万人を狂わせかねない声色に対してもブラウリオは寝そべりながら片眉をピクリと上げるだけの反応に留めつつ、素知らぬ顔で平然と返す。
「いや、忘れたな」
「嘘。あの日、真夏の基地の中、私は白いワンピースでお父様に手を連れられて、暑苦しいだけの平和祈念式典に参加していたわ。そこでおじさまに会ったじゃない」
「どうだったかな……。年を取ると物忘れも多くなるしな」
年頃相応の、と言って差支えの無い可愛げさを持って唇を尖らせるネレアの言に迷いはない。とはいえ、胡乱げに応じるブラウリオの様子にも変化は見られなかった。
少女はそんな男の様子に構わず言葉を続ける。
「式典も終わりに近づいた時に、軍の若い将校たちが一斉に立ち上がって銃をいっぱい撃ったわ。お父様もその時に撃たれてしまった。でも、私は生き延びた。おじさまが身を呈して助けてくれたから。この目の傷もその時のもの……」
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