睦言は執務室で

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 ネレアが眼帯の上からブラウリオの失われた左目をそっと撫でる。その優しい手の動きは、確かな親愛の情を見せて男の顔に刻まれた皺へと這わされる。  男はそれに鼻息一つで応えると、何でもない事のように吐き捨てる。 「さぁな。あの時は子犬一匹守るのが精いっぱいだったしな」 「もう! ほんとは覚えているくせに! あれから10年、私は頑張ったわ。お父様の残した会社にいた反乱分子を追放したし、将校たちを扇動した経済界の裏の顔たちも全員吊し上げて世間にあの時の真実を伝えたわ。それに腐りきった政治家たちを一掃するために私自身が未成年でも貴族であれば政治家になれるこの国の未熟な法律を逆手にとって政治家になって、法律から全部、なにもかも変えてやったわ。ついでに周りの邪魔者たちもね」 「あぁ、素晴らしいの一言に尽きる手腕だったよ。俺の様なロートルの軍人にはとてもできない真似だ」  滔々と事もなげに述べられたのは彼女の為した偉業の数々だ。  それはどれ一つとっても今のようなひと息の言葉で片付けることなどとても出来ぬもの。  少女を、皇帝が間違いなく別に存する帝国にあってなお、『女帝』と人民に言わしめた覇業の山。  全ての成人より年下であるはずの美しい彼女を評する言葉が『姫』ですらなく、『女帝』である意味。  飾れば正しく、傾国の美姫、と讃えられること間違いなしの彼女が、その美貌によってではなく知略によってのみ成し遂げたその結末は、それまでの国の有り様全てがひっくり返ったという意味において、字面通りに"傾国"と言っても差し障りの無い事であった。  その結果として今や多民族大国家として膨れ上がった帝国が得たのは、繁栄。  傾くなどという生ぬるい成果に甘えることの無かった女帝たる少女は、何もかもを覆し、その全てを掬い上げてしまった。  勿論、救うに足らぬ者どもがどうなったかなどは言うに及ばぬこと。  だが、少女にとってそれら全てのことは、先程のように言って捨ててしまえば終わるような戯言に過ぎなかった。  彼女の本心は、次の、ただ一つのことに過ぎる。 「それもこれも! 全部おじさまとの約束のためよ! その為に私頑張ったのよ?」  余りにも軽々しく使われた"頑張った"などという言葉。  帝国200余年の歴史において立国の祖である初代皇帝ですら遠く及ばぬほどの繁栄。
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