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それを他者との"約束"などという曖昧なモノだけで手にしてしまう少女が言う"頑張った"とは、余人の誰も口にすることが許されぬほどのいっそ傲慢さすら見える軽口。
しかし、その傲慢さに言葉を挟めるものなど帝国内にはもはや一人もいない。
彼女は誰の助けも借りず、ただ利用するだけで、何もかもをその小さく儚げな手のひらの上で転がしてしまったのだ。
生れついての支配者。
息を吐くように人を操り、心さえも掴んでしまう者。
誰が彼女に逆らえようか。
機械よりも正確で間違いを犯さず、どんな偉人と比べてなおより素晴らしいとしか言えぬカリスマ性。
弱く柔らかな肢体にその魂を納めてなお絶対強者としか認識できぬ、人間の極致。
そんな誰からも畏れられ敬われる少女が口にする、いかにも少女然とした幼くも取れる物言いは、 普段の彼女を知るものが聞けばその場で卒倒しかねないほどのもの。
ネレアの軽口にはそれだけの意味が込められていた。
だというのに、目の前で依然としてその戦いの為に練り上げられた鋼の肉体をゆったりとソファーに沈めるブラウリオは、彼女の幼い言葉にのみ応じるかのようにとぼけてみせる。
「はて……、そんな約束してたか?」
「ほんとにもう! いやな人。助けられた私がうっかりおじさまに惚れて『命の恩人に私自身で恩返しをしたい』って言ったら、『こんな国をぶっ潰せるぐらい立派になったら考えてやる』って返したじゃない! それで私こんなに頑張ったのよ。全部ぶっ潰してやったわ全部。言いつけどおりにね」
「抜けてる言葉があるだろ。俺は『アホなこと言ってないでこんな国からはとっとと逃げた方がいい、そうじゃなきゃ、全部ぶっ潰すぐらいやってみろ』って言ったはずだったがな」
ネレアに視線を向けることも無く忘れたふりをしてみせていたブラウリオに対して、彼女は10年前の銃声飛び交う喧騒の中で交わされた言葉の全てを少女にとって最も大切な記憶の一つとして、克明に覚えていた。
だから、彼女の要点だけを絞った言葉に返してきたブラウリオの言葉に憤慨してみせる。
「やっぱり覚えてる! 私が命の恩人をおいて逃げ出すわけないじゃない」
「逃げると思ったんだよ。あんな震えあがってションベンちびってたガキがここまでやるなんて誰が思うかよ」
ここまで、をどこまで示すかは定かではない。
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