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好奇の目から逃れるように息を殺し、身を隠して生きて来たと云うのに。誰にも迷惑を掛けず慎ましく人生を歩んできたつもりだと云うのに。やはり僕は存在するだけで「罪」だったのだろうか。
鼠色の雲が厚く空一面を覆っていて陽の光を拝む事すら叶わない。頬に突き刺さる雪を孕んだ凍てつく風は実に鋭利で、気付けば睫毛にも霜しもが付いていた。
外套もマフラーも纏っているものの震えが止まらないのは、寒空の下に晒されているからなのか、それとも自らの近い未来に対して恐怖しているからなのかは分からない。
分からないけれど、きっともう知る必要もない。
「レオ、愛してるよ。」
人の視線を気にせず愛おしい人と愛を語り合い、触れ合いたい。胸の内に秘めていたそんな細やかな願いが、まさかこんな形で叶うなんて思ってもみなかった。
愛おしい彼の瞳には、涙が浮いていた。手袋を取ってかじかんだ指先で僕の頬を幾度となく撫でる相手に、苦痛が胸を締め付ける。
「僕も…僕もイザークを愛してる。」
鉄道の駅のホーム。口付けを交わし愛を語る僕等に注がれるのは軽蔑と嫌悪の眼差しのみ。けれどもう、そんな柵なんてちっとも気にならなかった。
到着の合図を知らせるけたたましい汽笛の音が耳を貫く。嗚呼、いよいよさようならをしなければならない時が来てしまったようだ。
開けられた貨物車の中へ人の波が流れ込む。何も言葉が出ない。愛している彼を見るのはこれで最後なのに、頭が真っ白だ。
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