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宝石卸商街
これは完全に迷子になりました。
先程から同じ路地をぐるぐる回っている気がする。
父ちゃんから「用心しろ」とあれほど言われていたのにこの体たらく。要は、海の方に出ればいいのだけど、こっちだと思って歩いて行っても気が付くと、ぐるりと方向が回っている。日の方向を見てそれが解る。あっちに行きたいのに、路が行かせてくれない。両脇にそびえる建物の壁に、遠く頭上に見える窓。路を聞きたくても人影すら見えない。
ここは、朱の国の青の民の港。
宝石の卸商が軒を連ねてる界隈だった……多分。
あちこち回って見ているうちに、見慣れない小路へ迷い込んでしまった。父ちゃんから聞いてたんだ。この界隈は泥棒除けのために迷路になっているんだ、と。信用のおける顧客を選別するために一見さんお断りで、紹介者や通者しか受け入れない区画なのだと。父ちゃんと一緒に何度か来たから、路を憶えていると思ったのになぁ……。
いい加減疲れてきて、立ち止まった。
夕暮れまでに船に戻れなかったらどうしよう。
途方に暮れていたら、足元からふいに声がした。
「おめぇ、ここ何回通る気なんだよ」
びっくりして辺りを見回す。
「ここだよ。ここ!」
足元の排水口の金属格子の蓋が開いた。
薄汚れた顔にぼさぼさ髪の子どもが顔を出す。
「おめぇ、一人か? 道に迷ったんだろ」
相手の異様な風体に度肝を抜かれて、ただこくこくと頷き返すことしかできなかった。
「しょうがねぇな。案内してやる。ただ、オレが上行くと碌な目見ねぇから、おめぇがこっちこい」
ええ? 排水口?
子どもの顔が引っ込んだ。奥から声がする。
「ここは雨水枡だから、おめぇが思う程汚くも狭くもねぇよ。安心しろ」
安心しろと言われても、どぶ臭い臭いは上がってくるわけで、しばし躊躇する。でも、このまま独りでうろうろしていても、決してこの区画から出られない……。
意を決して、ようやっと腰が通るくらいの入り口に足をかけた。幅の狭い梯子を下りていくと、思ったよりも薄明るいトンネルにでた。天井は、頭すれすれに近い。肩幅くらいの脇通路に立つと、ぼさぼさ頭が入れ替わりに梯子を上って、金網格子をもとの位置にはめて戻ってきた。
「んで、どこまで送りゃいいんだ?」
「港まで」
「おうよ。了解。ついてきな」
ぼさぼさ頭は先立って通路を歩いて行った。
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