ふわふわ、ふわり 決心する

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 稲葉ふわりは日皇国(にこうこく)において取り立てて珍しくもない、犬、猫、狸と並ぶ、ごく平凡な兎獣人の男の子だ。  脚は早い方だけれど陸上部に入るほどではないし、頭は悪い方ではないけれどモデルの仕事が忙しいわりに成績優秀な姉に敵わない。  小さい頃から国内を飛び回る多忙な両親に代わって祖父母と曾祖父に可愛がってもらったお爺ちゃんっ子で、時代劇や浮世絵、それに歌舞伎と和菓子が大好き。今どきの子とはちょっぴり感覚がずれたころがあるが、それも取り立てて珍しいことでもない。  ただ一つ他人と違って珍しいところがあるとしたら家族のなかでふわりだけ、秋の換毛期を経た後には茶色の毛がすべて雪のような純白に生え変わるのだ。北に住む野兎の先祖返りとか言われているが、ふわりの一族には稀にこういう子が生まれるらしい。  ぴんとはった長く形良い美耳にふっさりとした尻尾のどちらも真冬から春先まで真っ白。綿よりもなお滑らかでふわふわ。  男の子にしてはぷりっとした尻から生えた極上のふわもふっとした尻尾を姉や母から『はあ、癒される!』としつこくなで繰り回される。 (もちろん姉にもいい感じの尻尾はあるが逆をしたら、多分ふわりは気の強い姉にぶち殺される)  思春期なのでいいかげんデリケートな部分を触るのは止めて欲しいと非常に恥ずかしく思っているが、元々押しに弱い優しい性格なのでなかなか言い出せないでいる。  姉のてぃあらとは三つ違いの仲良し姉弟。背格好の似た2人は一緒に並ぶと面差しがよく似ていて双子の姉妹のようにも見えなくもない。てぃあらはふっさりした絹糸のように長い睫毛に、艶のある漆黒の瞳が見る者の視線を奪う、兎獣人らしい独特の色気のある美少女だ。  その姉は母の美麗(みれい)が手掛ける若い女性向けの下着とナイトウェア(と少し普通の洋服も扱う)のお店、メルヘンと極上の可愛いが詰まったブランド「ブランシュラパン」のモデルを小学生の頃から長らく務めてきた。  ところが昨年末てぃあらが突然、母のお店のモデルを辞めると言い出したのだ。彼女もこの春から大学生。成長するにつれ愛らしいブランシュラパンのコンセプトと自分の趣向が合わない、もっと年頃の色香が際立つセクシーなイメージを打ち出したいと訴えた結果だった。  そのため毎年根強いファンの多い年明けから春先まで限定で売り出す桜をモチーフにした春の新作の撮影が急遽、白紙に戻ってしまった。年末に押した撮影スケジュールは動かせず、母はきりきりし、そして姉も言い出したら聞かない性分だから梃でも動かない。 「しつこいわね! じゃあ、ふわりんにやらせりゃいいでしょ? 昔やってたんだから」  板挟みになっていたふわりは大好きな二人の諍いに家の中がぎすぎすするのが哀しくて、なんとか二人の役に立ちたいとは考えていたが段々と雲行きが怪しくなった。 「それもそうねぇ♥」 「いや……。流石にもう僕も中三だし、小学校低学年の時じゃいざ知らず、身流石に無理でしょ……、え? 無理だって言ってよ」  しかし薄々していた嫌な予感が的中し、姉のそんな一言で野性的な勘で生きている母がまたインスピレーションと思い付きでこう言いだしたのだ。 「ふわりん♥ もう高校も受かってるし、暇だよね? バイト代弾むし、欲しがってた新しいスマホも買ってあげるから、てぃあらの代役してくれない? 夏の限定シリーズから後は別のモデルさんで一から練り直すから今回だけ!! ふわりんが頼みなの! 私の納得できるモデルさんってそうはいないのよ! ふわりんは今もまだママだって抱えられるほど華奢だし❤ 肌も真っ白すべすべだし、てぃあらと背格好も似てるし、大丈夫よ~ ママ、ふわりんのために限定品もう一着作って張り切っちゃうね♥」  と母から平身低頭これが最後にするからと拝みこまれたのだ。  そもそも「ブランジュラパン」のお店のイメージはつぶらな瞳でふわふわ可愛い白兎。  母の美麗が幼少期、誘拐されかかるほど超絶可愛かったふわりの愛くるしさからイメージして立ち起こしたブランドなのだ。  あれよという間に人気のお店になったから、やはり『跳ねる白兎はツキを呼ぶ♥』と母は信じて疑わない。  幼い頃、ふわりが今よりももっと性別不詳だったころ。真っ白ふわふわ冬毛の頃だけ女児向け服のモデルを勤めていた。しかし流石に中学生になってからは固辞し姉一人でこなしてもらっていた。  もうじき男子高生になる身で、若い女性向けのナイトウェアのモデルをするのは不本意中の不本意だったが、結局結託すると強い母娘の勢いに破れふわりは泣く泣く今回だけの約束ということで姉の代役を引き受けた。  最初はしおらしい様子でふわりの良心に訴えかけてきた母も、決まるや否やのりに乗って、ふわりの気を引こうと息子の大好きな浮世絵や歌舞伎のイメージで新たな作品をデザインして数量限定商品、和風夜具『小町桜の精』を作り上げたほどだ。  撮影中はてぃあらが身に着ける予定だったものとデザインは一緒で、形を男子であるふわりの為に改造したランジェリーまでつけさせられた。  一応下に着けているだけで、まるまる素肌が見えないように角度を気をつけながら、さらにナイティーを羽織ったのだが、鏡に映った自分の姿を見て周りに絶賛されながらも本人は実にいたたまれない気分になった。  でも歌舞伎の世界ならば男性が女形になることもあるし、これは自分が女形としてモデルをしているのだと自己暗示をかけて、さらに若い頃からこの仕事にかけて身を粉にして働いてきた母の為だと奮い立った。吹っ切れると強いところのあるふわりだ。  美女揃いの他のモデル目当てについてきた、幼馴染で犬獣人の健太郎が撮影前に死ぬほどふわりを揶揄ってきたが、『白毛ふわりんの可愛さにひれ伏せ!』と、てぃあらに回し蹴りで床に沈められていた。ちなみに実際メイクと衣装を身に着けたふわりの美麗な姿を目にしたら、健太郎は寧ろ何も言えずに顔を真っ赤にして目も合わせなくなったくせに、哀しいかな犬獣人のサガで尻尾だけは興奮してぶんぶんと振ってしまっていた。  その他も定番のふわもこ素材の可愛い白やピンク、ラベンダーの夜具をいやというほど身につけさせられても頑張って笑顔を見せた。小さい頃から顔見知りのカメラマンに励まされながらなんとか撮影を終えたのだ。  特に好評だったのは、やはりむらっけのある母がやる気を出して作った、ふわりの大好きな浮世絵作家、月崗薫才の兎の獣人の姿で描かれた桜の精霊をイメージした数量限定の高級夜具だった。  襟元から胸のすぐしたのベルトの部分までが、着物に似せた作りになっていて、袖もたっぷり振れるほどある。所謂伊達襟のように二重に襟があるように見せかけて、臙脂色と白との対比が鮮やかだ。薄紫色の着物部分には白い光沢ある糸で桜の刺繍が流れるように方から膝上まで施され、さらに膝から下が透け感のある素材に変わって優雅に脚にまつろい、太もも半ばあたりからスリットが入っている。胸のすぐ下に兵児帯のようにくたりと柔らかい薄水色の帯状の腰紐とを縛るようになっていた。  ふわりはそれらを身につけ夜桜を眺めれる日本家屋の縁側にしどけなく白い足を崩しながら座り、耳の内側が桜色、ふわふわの顎先までの白い髪を僅かに口許に咥えたその姿はのものが浮世絵のモチーフのようで大変幽玄で色っぽく。母はポスターの出来栄えに大変満足してふわりのスマホは無事、最新型に買い直された。  いままでのブランジュラパンにない雅やかな和風モチーフが受け、また発売前から謎のモデルとしてポスターやサイトに登場したふわりの清潔感がありながらどこか妖艶な色香が評判となり、母の会社の人々にモデルを続けてほしいとふわりは直訴されたが丁重にお断りした。  春の間、自分のポスターが若者で賑わう街に多く出店しているブランジュラパンの店頭に張られ続けるのかと思うと、同級生にバレてその話題が出ないかとびくびくしていたが、幸いにも学ランを着た茶毛耳兎の男子中学生が、薄化粧の白兎姿でモデルをしているとは知られずにいた。だがまあこの春はなるべく出歩かず静かにやりすごそうと思っていたのだ。
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