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さて、てぃあらは思い立ったら一直線の母同様ちょっぴり過激なところもあるが、華やか見た目からは推し量りにくいが非常に前向きで賢い自慢の姉だ。ふわりもこの春から憧れの姉の背中を追いかけて、彼女の母校となる私学の高校生になる。早々に推薦で進学も決まっていたから今はのんびりと残りの中学校生活を送っているところだった。
そんな入学までの、のんびりとした日々。
ふわりに気がかりがあるとすれば、幼いころから多忙な親や和菓子店の仕事で祖父母すら手があかない時に最後の砦のようにふわりを可愛がってくれた高齢の曾祖父の具合が最近あまりよろしくないことだった。
留守がちな両親に代わって祖父母の家で過ごすことが多かった幼少期。ふわりは昔々は和菓子職人だったひいお爺ちゃんや現役職人であるお爺ちゃんの趣味で、時代劇や浮世絵、歌舞伎など渋めの趣味に囲まれて育った。
中学生になった今でもふわりは暇さえあれば顔を身に遊びに行くほど、お爺ちゃん、お婆ちゃんっ子だ。
そのふわりにとって大切な三人の先達の中で、一番高齢の曾祖父の具合が寒かった今年の冬を経た季節の節目である今、すこぶる悪いのだ。
今日も今日とて見舞いに来たが、初めは「ふわりちゃんか、よくきたねえ」などとなんとか会話が通じていたかと思うと、たまに記憶が混同したように、ふわりのこと若くして亡くなった実の兄の名前で呼びかけては何ら一方的に話しかけてくるようになっていた。
「雪緒兄さん……。尻尾は、尻尾はどうした……。尻尾はどこにいったんだい。兄さん……痛かったかい? 苦しかったかい? 俺がとりもどしてきてやるなあ。兄さん、ごめんなあ」
そんな風にしわしわの目元に涙をためて、時折咳き込みながらふわりの手を握ってきた時には流石に戸惑って、ふわりが祖母に助けを求めると、じきに曾祖父は正気とも現ともつかぬ狭間にいるかのように、虚ろな瞳で誰ともなしに呟くのだ。
「なあ……。雪緒兄さんの尻尾は……。千切られた尻尾は何色だったんじゃろうねえ」
曾祖父が何を言っているのかもわからず、疲れているから寝かせてあげてねと祖母に促されふわりは、曾祖父の見舞いを終えると、自転車で30分ほどの祖父母の家から帰宅した。
家に帰ると母はまだ仕事で帰っておらず、インフラ整備系の仕事をしている父はいつも通り長期出張中だ。小さな頃は暖かな祖父の家に比べて少し寂しく感じられる自宅の中で、ふわりは姉のてぃあらを探した。
てぃあらは自室でこれから友人と遊びに出かけるため眩いライトが沢山ついたドレッサーに向かってせっせとメイクをしている。
「お帰り」
「ただいま」
お気に入りの白兎型のふわもこクッションを抱えて鏡台の前に座る姉の足元にいつものように寝転がる。てぃあらは鏡越しにふわりを一瞥すると大きなクリっとした瞳を彩るため眦にアイラインを引き始めた。
「ひいおじいちゃん、具合どうだった?」
「うーん。最近寒い日が続いているからかな? 咳が中々直らないみたい。ぜえぜえして可哀想だったよ……」
「そっか……」
「てぃあらちゃんも遊びに行ってばかりいないで、たまにはお見舞い一緒に行こうよね」
「分かってるよ……。でも知ってるでしょ?」
姉のてぃあらは哀しい雰囲気にめっぽう弱い。心が痛むものはニュースでも駄目だし映画やドラマももってのほか。湿っぽい雰囲気が苦手でいつでも明るい方を向いて過ごしていたい、そういう性格の少女なのだ。
人の痛みに向き合うことも苦手で、しっかり者だからよく友人から持ち込まれる相談事も明るくいなして切り上げがちだ。その辺りの齟齬からてぃあらを嫌う人もいるだろうが、ふわりは姉のこういった気質も認めているから気にならない。言い換えればいつでも悩んでくよくよしがちなふわりと違って、ポジティブでぐいぐいと弟をひっぱり背中を押してくれるのはてぃあらだからだ。
「ねえ、てぃあらちゃん」
「なあに?」
てぃあらが鏡越しからこんどはしっかりと耳を振って振り返った。てぃあらは野兎である先祖に近い褐色の毛並みが艶やかな長い耳をぴんっと立てながら、その日は気分で入れた紫色のメッシュが前髪と顔のサイドに入った同色の髪を揺らして振り返る。
「ひいおじいちゃんのお兄ちゃんの千切られた尻尾って、本当に葛森神社のどっかにあるのかな?」
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