111人が本棚に入れています
本棚に追加
☆晃良の実家の和菓子屋の名前をミスしてまして、正しくは『雪香』です。すみません。
クッションを柔らかく姉の背に投げつけてきた弟に、姉はむんずと掴んでひゅんと強くと投げ返す。
「いいじゃない、ふわりん。別に女装するの慣れてるでしょ? 」
「慣れてるわけじゃないよ!! それにそうまでしてそこに行く意味が分からないよ」
するとふふんっと彼女お得意のしたり顔でてぃあらが微笑んだ。
「でもその尻尾のこと、何かわかるかもしれないわよ?」
「え!? それってどういうこと?」
途端に食いついてきた弟に、てぃあらは流し目で鏡越しに弟をみやると、ティッシュで一度抑えた発色良い赤い唇をにいっと吊り上げた。
「今うちの学校の一年生に、さっきはなした『香雪』っていう和菓子屋の息子と、葛森神社の宮司の息子が二人して通ってるの。ふわりがあいつらと仲良くなったら尻尾のこと何か聞き出せるんじゃないかな。私の制服着てくなら女装しかないけど、結構人来るし、制服着て紛れちゃえばバレないでしょ。兎はさ、熊とか狼みたいに数少ないわけじゃないし」
「てぃあらちゃん相変わらず考えることむちゃくちゃ。そんなの絶対にこんな子学校にいないってばれるでしょ」
「バレたら、てぃあらの友達でどうしても来てみたくて制服借りたとかどうとでも言い訳してさ。ふわり見た目かなり可愛いから、少なくとも和菓子屋の息子の『葛森晃良』の方は絶対寄ってくると思う。あいつ一年生の癖に入学してすぐにSimplegramで気になった子に端からrouteで学年問わず連絡しまくってたもの。routeで繋がったら後は旨く色々聞き出せばいいんじゃない? routeのやり取りなら私も見守れるし」
「てぃあちゃんにもその葛森さん?から個チャ来たの?」
「友達伝いに来たけど、即、ブロ削。興味なし。でもあいつ顔だけはいいから一年の中じゃ一番モテるんじゃない? 付き合う子とっかえひっかえしてるから、気兼ねなく連絡先聞けるし。ま、私の趣味じゃないし、相当チャラいけど。あいつなら学ランの男子中学生から声かけられたら見向きもしないだろうけど、可愛い白兎の女の子が近寄ってきたら悪い気しないんじゃない? 仲良くなったら知ってることなら教えてくれるかもよ?」
「……流石に無理じゃない? 僕がそんなことするの。どきどきして心臓もたなそう。てぃあらちゃんはもう一人の人とも仲良くないの?」
交友関係が広そうな姉に期待したけれど姉はくっきりした二重の眦を釣り上げた。
「はあ? なんで私が一年男子如きと仲良くしないといけないの?」
くるり、と振り返ったふわりの顔はもう完璧なメイクを施されて、流行の量産型メイクとは一線を画す、彼女独特の愛らしい艶っぽさを前面に打ち出した美貌だ。そう、てぃあらの想い人は一回りも年上の渋い狼獣人。硬派な大人な彼はてぃあらの一途で激しい恋情に気づきつつも、まだ子どもだときちんと一線を引き続けてきた。この秋ついに18歳になり成人を迎えたてぃあらがあの手この手で猛攻を仕掛け、晴れて恋人になった。つまり年下の男子高生なんててぃあらの眼中にないのだ。
「桜が咲く頃毎年やってるから三月末か四月の頭かな? 葛森神社の例大祭ってやつがあるらしいから街中にポスター張ってあったよ。梅の時期以外一般公開されていない庭園も、宝物殿も入れるらしいって」
「本尊も公開するのかな? お寺とかではたまにあるけど」
「……でた、歴史、神社仏閣好き」
「からかわないでよ」
小さなころから祖父母に連れられて神社仏閣を巡って御朱印を集めて回るうちに神社やお寺のことをふわりも普通の学生よりはちょっぴり詳しくなっていた。
「仲良くなってそこに潜り込めば、運が良ければあいつら伝いに葛森のお爺ちゃんたちから直接いろんな話を聞いたり……。本当に尻尾が祀られているなら、それを見ることとかできるんじゃないかと思ったんだけどね。……でもいいや。やっぱ、やめときな」
「なんで? 此処まで話しておいて酷いよ」
折角その気になってきたのにとふわりがぼやくと、そう言って着痩せするグラマラスな白い肢体を弟の前で臆面もなく着替え始めた。
「あんた今の時期真っ白すぎてやっぱ人目引きすぎるかも。白うさふわりん、悔しいぐらいに圧倒的尊さ! まあ身体の手入れに妥協ない私の綺麗さには負けるだろうけどさ。白っぽい兎はまあいるにはいるじゃない? うちの学年にもベージュよりでおおむね白兎って言っていいような子もいるし。でも私とかふわりみたいに毛艶の良さと光沢が半端ない子はすくないんだから。とくにふわりの白はほんときらきら艶々した日向の雪みたいな白。こないだだって、ナンパされて男の子ばっかり引っ掛けてきたじゃない。忠犬君とは学校別れちゃうんだから春からしっかりしなさいよ。茶色い時だって結構可愛いんだから」
「それはてぃあちゃんが僕にあんな格好させて外に出したからでしょ?」
先日件の撮影の合間、ふわりは買い出しじゃんけんに負け、メイクをした顔のまま、てぃあらの服を着せられてコンビニに行かされた。
その道すがら数歩歩くとナンパにされ、押しの弱さからうまい具合に断れず、立ち往生するはめに陥っていた。中々帰ってこなかった弟をてぃあらと健太郎が助けに行ったのは記憶に新しい。
「その、葛森晃良さん?たちに話しかけられなさそうだったら、僕、神社とか仏閣とか好きだし、神社だけも見てまわって帰ってくるよ。和菓子もきになるし。葛森神社も本殿までは受験の帰りによったよ? こっそり受からせてくださいってお参りしたのの、お礼にもいってないし。それに梅の時期なら普段は入れない庭園も入れるんでしょ? そっちの雰囲気みてくる。それで改めて入学してから友達伝いにroute繋げてもらえるかやってみる。いや……。その前に頑張って友達作る」
「そうね、それがむしろ先だわね」
今までは顔見知りばかりの地元の中学に通っていたから、知り合いが誰もいない(てぃあらは卒業してしまうので)高校で一から友達を作り直さなければならない。人懐っこいが自分からぐいぐい行くタイプではないふわりには最初の難関と言えた。こんな時、まさに柴犬みたいに巻いた尻尾をぶんぶん振る、明るく社交的で人の輪を作るのが上手い健太郎が一緒にいてくれたらと思う。しかしサッカーが強い地元の公立高校に通うことを決めた彼とはついに離れ離れだ。
「そういえば、もう一人の先輩もいるんでしょう?」
「あー。あいつの方がずっと人としてはましかもね。葛森流泉っていって、1年だけどもう既にサッカー部のエースって言われてる。うちの学校結構、健ちゃんのとこに負けないぐらいサッカー強いから、ただ、あっちはチャラ男と違って、サッカーしか興味ないって感じ。女の子がグランドの端からきゃーきゃーいいながら群がって見てても、まるで無視! 幾ら綺麗な顔してても表情分かりにくいし、私は付き合うのどうかなって思うけど、ああいう無口な方が逆にモテるのよね」
ふわりはてぃあらの恋人の狼の渋く物静かな顔を思い浮かべた。彼は無口ではあるがやはり大人なので要所はてぃあらをうまく導いてくれる。
「サッカーかあ。僕もサッカー見るのは好き。どのチーム好きなのかな? 花咲フォーダーだといいなあ」
健太郎と一緒に応援している地元チームの名前を挙げて、ごろごろと床を転がった弟の男子と思えるふわっとしたお尻を片足でふみふみしながら姉は外では絶対にしないあっけらかんとした表情で、けらけらと大口を開けて笑った。
「だといいね。なんか何が何でも尻尾を取り戻すとか思いこまないで、暇つぶしにちょうどいいぐらいの軽い気持ちで行ってみれば?? そもそも尻尾の話なんてあんな昔の話、どこまでが本当でどこまでが嘘かもわからないんだから。アハハ! とにかく面白そうだから私が前面応援してあげる。メイクもスマホもrouteの別アカも用意してあげるから任せときなさい!」
「結局、面白がってるだけだね、てぃあらちゃん」
いつだってココロオドル楽しいことだけ考えていることが大好きなてぃあらが面白がって後押ししてきたこともあり、日頃冒険するタイプではないふわりも長年の謎の解決に向けて一歩踏み出すことになったのだ。
それから自分を待ち受けるとてものんびりとはしていられない出会いと心揺さぶられる日々が待ち受けているとは知る由もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!