おさななじみと小麦色

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 わざとゆっくりと歩いた俺は、早めにアパートを出たにも関わらずなかなかぎりぎりの時間に職場であるホテルにたどり着いた。途中、単純な道で迷いかけたことは忘れよう。  バックヤードから、フロントへ繋がる扉をそっとノックする。出勤した後、フロントへ声をかけるようにと言われている。ややあってから、扉が開いた。 「おはようござい……あ、辰巳」 「おはよう。……江川さん、だろ」 「あ、そうだね。江川さん」  俺はここでは彼のおさななじみではない。担当違えど、上司と部下だ。姿勢を正した俺に、辰巳は困った弟を見るみたいに眉を下げて笑った。スーツだ。上背も肩幅もある彼に、シンプルなスーツは恐ろしく似合っていた。  ぼんやりしていると、辰巳はふと俺の頭上あたりに目を留め、眉をひそめる。真顔で見つめられ、今朝の夢が蘇った。どきり、として思わず目を伏せてしまう。 「寝坊でもしたのか?」 「……え?」  辰巳は後ろ手に扉を閉め、手を上げた。俺の頭に手を伸ばす。  心臓が、止まった。  そんな気がする。 「な、何、何……?」  思わず身をひく。辰巳は手をおろした。代わりに自分の頭のてっぺんをとんとんと指先で叩いて、言う。 「髪。乱れてる」 「えっ」  道中、遅刻するかと思って慌てていたせいかもしれない。示された辺りを手櫛で整えると、辰巳は頷いた。大丈夫らしい。  と、背後で足音がした。邪魔になりそうだと気がついて端の方へ避ける。 「江川。609の客がアイロン? 借りたいって言ってる」 「アイロン?」 「確か、アイロンって言ってた……あ」  隣に立ったのは、先程道でぶつかってしまった青年だった。向こうも気がついたようで、小さく声を上げたあと黙って俺を見上げている。
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