第一項 腐ったりんご箱の奇跡

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第一項 腐ったりんご箱の奇跡

【エピローグ】 マンションの影が飛び去る。一瞬山が見えた。 「あぁ」 空気がツンとする。 初雪の朝みたい。すぐに別のビル影が遮る。電柱がパラパラ漫画のように駆け抜ける。 まるで、あの時の記憶みたいだ。必死に思い出そうとしても、なんだか飛び飛びなのだ。まるでカレイドスコープだ、と思う。 そうだ、あれは高校1年の12月、期末試験の最中。学校に向かう朝から始まったんだ。 はっきり覚えている。とにかく、あたしは電車通学が大嫌いだった。そりゃそうでしょう?駅に止まる。もう無理、なのに次々に人が押し込まれる。気がつくとあたしは座席側の通路に突き込まれていく。片手でスクバを抱えながら、左手でつり革にしがみつく。その時ふと前の空間が空いていることに気がついた。 「あれ、ラッキー」 視線を下げた。その空間の下には、小さな女の子が立っていた。紺色の制服に揃いの帽子。一文字に綴じた口。左右に揺れる車両。必死でバランスを取っている。 あたしの後ろの大柄な女性が「もっと奥に進め、ゴロぁ」と無言の圧をかける。だがここは譲るわけに行かない。どうしてか、そう思った。 彼女のためにスペースを死守するんだ。あたしはいい子じゃない。よく知ってる。でもね、人間として、この子のためにあたしが盾にならなくてどうするのよ。どうしてかそう思ってた。 【第一項:腐ったりんご箱の奇跡】  明日から冬休みだ。今日だけ我慢すればいいんだ。相変わらず混雑した車内。周りはいつものように大嫌いなおやじたち。女子高校生専用車両を設けてほしいよ。 「おい、おまえ、近すぎるぞ」口のなかで呪いの言葉を唱える。 ほんと、通学のない世界に生まれ変われたらどんなにか良いだろう。 いや、そもそも学校そのものが好きじゃないんだ。いかん、いかん、鬱になる。 「ふぅー」 太極拳みたいに息を腹から抜いた。 その瞬間、隣のじいさんが押してきた。 「不可侵領域を超えてるぞ、おい」 かばんでブロックする。格闘家の相手をするトレーナーみたいだ。でかいキックミットを腕に絡めつけ、パンチやキックをバシバシ受け止める。私のミットはスクールバッグなのだ。 「もう一本やる気かぁ?」 じじいとの間にバリアを張り続ける。 汗が出てきた。 電車がスピードを落とす。次の駅だ。 あたしのパンチミットをもう一度抱え上げた。教科書が詰まったスクバは重い。 反動をつけておっさんに叩きつけてやった。 「あぁ、可愛そうなあたしのかばん」 爺さんのくせに重たい体躯を押しのけ、やっとホームに降り立った。やっと息ができる。 あたしは、ホームの椅子に腰をおろした。ちょっと貧血気味でもある。 虫の知らせってことだろうか?
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