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透き通る夏
「あ、やべ」
俺、富士原 透の呟きは、放課後のざわざわと騒がしい教室と、外から聞こえるセミの声に溶けていった。1週間も返却期限の過ぎた本が、鞄の底から発見されたのだ。まずったな、と無意識に本の裏を見れば丁寧に図書室所蔵とラミネートされている。やってしまった、とがっくり肩を落とす。椅子に座ったまま、机にうなだれた。
「おーい透、早く帰ろうぜ」
「おー……」
「なに、どうした?」
「ああ、いや……」
「なんだよ! 元気ないなぁ!」
そんな、はあ……と息を吐いたところに友人・宇須 周平が、勢いよく肩を組んできた。勢いよく押された体は大きく揺れて、机の足に体が当たってしまう。
地味に痛い足に、少しだけ眉間にシワを寄せた。……耳元でうるさく騒ぐ周平に向けてでもある。
周平とは、小・中学校の仲で、所謂腐れ縁というものだ。流石に高校はと思ったが、今のところ腐れ縁を更新中である。
痛ぇよと呟いてもそんなことは耳に届いていないように、周平はお構いなしだった。
「なにそれ、お前小説なんか読むっけ」
「読まねえけど」
「じゃ、何で持ってんの」
1週間も持ってしまっていたこの小説は、図書室を利用する為のオリエンテーションで借りらされたものであった。なんでも、図書室の利用率が悪いらしい。本の楽しさを知ろうという、図書委員制作のチラシまで一緒に発掘された。
借りた日から、今日の今日まで鞄の底で眠っていたのだ。
一人一冊借りる事なんて課題に、適当に本棚から抜いた本は分厚く読めるはずもなかった。読む気もなかった。ただ借りてすぐ返そうという考えだったが、見事に頭から抜けてしまってきた。
裏ページに書いてあるあらすじをみれば、難しいミステリーのようで尚更頭がクラクラする。
「ほら、オリエンテーションで借りた……」
「はあ!? お前、まだ返してねえの? やべえじゃん」
そうなんだよ、とつぶやいて首をかいてため息をつく。忘れた自分が悪いのだが、なんとなく読まない奴は借りさせなきゃいいのに、なんて責任転嫁な気持ちも出てくる。
「俺なんか、次の日返したぜ」
「読んだのかよ」
「読むわけねえだろ。読む暇ねえし」
「お前な……」
そんなに自慢げにいうことでもないだろうと周平を睨む。そんな俺も同じ考えだったから胸を張って注意はできないけれど。
教室は、部活に行く人、友達に会いに来る人で賑わっていた。ざわざわと騒がしい教室の隅で、大きなため息をついた。ああ、月曜からツイていない。怒られるかもしれない、遠い図書室まで返しにいくのが面倒で、無意味にペラペラとめくったりするけれど、頭には一文字も入らない。
「あー……やっちまった」
「返して来いよ。早く帰ろうぜ」
「……怒られるかな」
「怒られるだろ、さすがに」
「だよなぁ」
「じゃ、いってらっしゃい」
周平はそういうと、自分の席に座りひらひらと手を振った。着いてきてくれるものだと思っていたので、目をぽかんと開ける。
「……なんだよ、着いてこないのか」
「行くわけねーだろ」
図書室は教室がある棟からみて真反対にあった。薄暗い廊下を抜けた、端っこの部屋。そんな所に作るから利用率が悪いのではないかとも思うが、今はどうでもいい。尚且つ、こんなに遅れれば怒られる可能性のある所について行こうとは思わないだろう。確かに立場が逆であれば、きっと着いていかない。
「薄情な奴」
「ほら、早く行ってこい」
ニヤニヤと笑いながらしっしっと追いやるような手を片目に、小説を持って図書室に向かった。
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