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その日は突然にやってきた。
朝、いつものように「おはよう」ってドアを開けたら、すでに事切れていた母。
救急車を呼んで警察も来て、そして慌ただしく葬儀となった。
棺の中の母は、思っていたよりずっと小さく細かった。
死化粧はされていたけど、全然似合ってなかった。
オレンジの口紅なんて、塗ってるの見たことない。
口元の産毛も伸びたまま。
元気なときはおしゃれだった母のこんな姿はみんなに見せられない。
ウエットティッシュで化粧を落として、うぶ毛を剃って眉毛を整えて、もう一度化粧をしなきゃと化粧品を集める。
リキッドファンデーションを塗ろうと額に触れると、ひんやりする。
違う、冷たい。
冷蔵庫のお肉の冷たさだ。
当然だ、腐らないようにドライアイスを入れているのだから。
ようやく、母がもう戻らないのだと実感した。
「おかーさん、冷たすぎて、ファンデ伸びないよ」
泣き笑いしながら、どうにか肌を整えて、もう開くことのないまぶたには、いつも使っていた明るい紫のアイシャドウ。
少しシワの目立つ唇にはたっぷりリップを塗り込んで、フューシャピンクの口紅を塗る。
リップラインは、癖だったように紅筆できっちり。
いつもはチーク使ってないけど、今日は使うからね。
冷たい肌と化粧を馴染ませるように温めながら。
本当は温めちゃいけないんだろう。
でも、みんなが来るから、ちゃんとしないとね。
いつもちゃんとしてたお母さんだから、最後だってちゃんとしたいもんね。
そして、最初で最後の、母への死化粧は終わった。
いとこに「元気なときと同じ顔だ」と言ってもらえて、報われた気がした。
だけど、私は指に触れたあの冷蔵庫のお肉と同じ冷たさの母の冷たさを、一生忘れることはないと思う。
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