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19話
フラテはもう1つの客室を用意してもらってそっちで休むことになった。朝一で地元の村に戻る予定だから早起きして馬の準備をしてとハルさんに告げると、さっさと部屋で寝てしまった。
お風呂に入っている最中に体のいたる所にできた青あざを見つけてしまった。今日起こったことを嫌でも思い出してしまう、長袖の寝間着を選んで着た。お母さんに薬とガーゼを貼ってもらったら、早く寝ましょうと言ってお父さんと一緒にさっさと寝てしまった。
部屋に戻って一息ついてから誰もいないことを確認して、階段の板が軋んでみんなを起こしてしまわないように気をつけながら2階へ向かった。
扉を軽く叩くとハルさんが扉を開けてくれた。私だと思っていなかったんだろう、いつもは後ろに半分だけ結っている髪の毛を下ろし、楽そうな寝間着に着替えていた。ボタンをきちんと閉じていなかったから、普段は見えない鎖骨や胸元が見える。ハルさんは私の顔を見ると少し驚いてから目線をそらして、ボタンを閉めながら「どうしたの?」と言った。
「……今日は一緒に寝ましょう。」
ハルさんの視点が動揺で定まらないのが手に取るように分かる。ボタンもかけ違えていた。少ししてから決意したように「どうぞ。」と部屋に招き入れてくれた。耳まで赤くなっている。
「明日の準備してたから、ごめん散らかってるけど。すぐ片付ける。」
「平気ですよ。」
ハルさんが慌てて片付けを行う。邪魔にならないベッドの隅に座らせてもらった。
「ハルさんはベッドなんですね。他の人は敷布団なのに。」
「あー……。自分で金貯めて買ったんだそれ。寝転がってていいよ。」
正直、今日はもう体がクタクタだ。甘えさせてもらって横になると、ハルさんの匂いがする気がした。ハルさんの髪の毛が少し濡れているから私の後にお風呂に入ったんだろう、片付けをする後ろ姿をじっと見ていた。
「枕だけ持ってきました。」
「……ありがとう。」
何に感謝してるんだろう。
「俺は床で寝るから、安心して。」
「嫌です。隣で寝てください。」
「……だめです。」
「一緒に寝てください。」
「それは、本当に、だめ。」
押し問答を数十回繰り返したところでハルさんが折れた。
部屋の灯りを消すとハルさんがベッドに潜り込む。月明かりか、村の灯りの炎が燃える光かわからないけど、ぼんやりと明るかった。外からは何事もなかったかのように、お祭りで一晩飲み続けて騒いでいる人たちの声が聞こえる。ベッドに横になったハルさんが少し狭そうにして位置を探っているのを見ると少し申し訳なかった。
ハルさんは腕枕で自分の頭を支えると、私がいる方に横向きになったので私も向き合うように体勢を横向きに変える。
「ほっぺた痛い?」
つんつんと頬に貼ったガーゼを軽くつつく。
「ちょっとだけ。すぐ治りますよ。痕も残らないってお医者様が言ってました。」
ハルさんは頬をつついた後、そのまま子猫でも触るような手付きで頭やおでこを撫で始めた。手のひらの体温が心地よくて、気を抜いたら寝てしまいそうだった。
「なら良いんだけど……。心配……。」
「……大丈夫ですよ。」
そう言って私は少しハルさんに近付いて両手を広げる。
「ぎゅってして。」
ハルさんは恐らく一緒に寝ると決めた時、色々諦めたのだろう。してくれないかなと思ったけど、素直に応じてくれた。
「ふふっ、あったか~い~。」
「……。」
「あのね、ずっとぎゅってしたかったんです。」
「……可愛いこと言わんで、恥ずかしいから。」
「もー、照れ屋さん。」
からかうと頭をガシガシとかき回された。
「この家に帰ってこれてよかったです。」
「……。」
そのまま頭を撫で始めた。
「ねぇ、どうしてあの場所が分かったんですか?山のど真ん中だったと思うんですけど。」
「目撃証言があったんだ。ブルーズっぽい子が男に山へ抱えられていったって。その後は、香水の匂いを辿っていった。残り香で辿れたんだ。」
「へぇー、犬みたい。」
再び髪をガシガシされる。この体勢は不利な気がしてきた。
「でも婦人会の方の言う通りだったかも、厄除けになるっていわれてたくさん振りかけられたから。」
「俺は2,3回つけただけで終わったけど。」
「うそ。」
「ほんと。」
「え~、不平等。ずるい。途中で香水で酔うかと思ったのに。」
「でもおかげで見つけられたから、良かった。」
抱きかかえる腕が少し強くなった。
「……本当に何もされてない?」
「カグラバ?」
「うん。」
「……うーん。」
「ごめん、言いたくないよな。言わなくていいよ。」
「気持ちの問題なら、死にたいくらいすごく気持ち悪かったですけど。怪我以外なら体の方は大丈夫です。」
「違う、その、そういう事を気にしてるんじゃないんだ。本当に。いや無事な方が良いんだけど、そうじゃなくって。」
そういう事を心配していると思われたくないんだろう、慌てる様子が愛らしかった。
「大丈夫、分かってますよ。」
「……。」
「あのね、本当は全部ハルさんにあげたかったの。でも、ごめんなさい。……無理やりキスされて、それだけあげれなくなっちゃった。」
ハルさんの胸元に顔を沈め抱きしめ返すようにギュッと顔を押し付けた。情けない顔を見られたくなかった。
「謝ることじゃない、ブルーズは何も悪くない。」
「だってあげたかったんだもん……。」
「そんなのはキスじゃない。何も無くなってなんかない。ブルーズはブルーズのままだ、大丈夫、ずっと綺麗だよ。」
そう言われて鼻の奥がツンとする。返事をすると涙が出てきそうで何も返せなかった。顔はハルさんの胸に埋もれたまま、そのまま頭をぽんぽんと撫で続けてくれる。そのままの体勢で、ハルさんはポツポツと話し始めた。
「本当は俺、アイツのこと殺そうと思って心臓に狙いを定めたんだ。でもフラテに止められた、そうしたらブルーズと二度と会えなくなるって言われて、冷静になれた。フラテがいてよかった。じゃないと今俺もきっと鉄格子の中だ。」
「……お兄ちゃんは昔からその辺の頭の回転が早いんです。怖いくらいに。」
「喧嘩したくね―なー……。」
少しだけ怯えるような声だった。
「あと私のことが結構好きです、お兄ちゃんは。」
「それは見てて分かった。」
「ハルさんのこと認めてくれたんです。幸せにしてくれないと滅茶苦茶怒ると思います、あの人。」
「うん、頑張る。滅茶苦茶頑張る。」
頭を撫でていた手で私の前髪をいじり始める。前髪は少し勘弁してほしい。
「ブルーズ、こっち見て。」
そう言われたのでハルさんの顔を見上げる。目が暗闇に慣れてきて、最初と比べるとはっきりと見えるようになった。外からの光で髪の毛が1本1本ふわふわしているのが見える。髪留めも何もしてないからか髪の毛も全部下ろされてて、いつもより幼く見えた。
「ほら、綺麗な髪。」
そう言って私の髪の毛を持ち上げて砂のようにサラサラと零した。
「まんまるお目々、綺麗な肌」
目の周りを円を描くようにくるくると軽く触れてから、ガーゼの上から頬をとんとんと叩く。
「かわいい鼻。」
「ちょっと。」
このときは軽く豚鼻にされたので怒った。
「綺麗な口。」
指先でちょんと触れながら、ハルさんが言う。
「キスしていい?」
しばらくしてから、うん、と返事をすると2人でベッドの上に自然と座り直した。
私は目を瞑って軽く上を向く。肩をそっと優しく抱かれてからしばらくして、ハルさんの唇が触れる感触がした。数秒間そのままで、一度離れたと思ったらすぐにもう一度キスを交わした。そして、もう一度、もう一度と何度も唇を重ねた。キスをしてるとき、村の耳年増の友達が、口付けは甘い味がするとか言っていたのを思い出す。実際に甘いかどうかは分からなかったけど、甘い蜜に溶けてしまいそうなくらい幸せだと思った。何度も唇を重ねたあと、ぎゅっと抱きしめられる。熱が出てるみたいにハルさんの体が熱く感じる。
「絶対幸せにする。約束するから。結婚しよう、ブルーズ。ブルーズの両親に許可を貰って絶対に戻ってくるから。家で待ってて。一緒に暮らそう、大好き、愛してるよ。」
大好きな人に抱きしめられて言葉の1つ1つの意味を噛みしめる夜は、氷砂糖がゆっくりと水に溶けるように、少しずつ過ぎていく。
生まれて初めて「永遠」があればいいのにと願った。
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