2話

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2話

「ブルーズ・グイと申します」  改めて自己紹介をした。昨晩、ぼろぼろになった私を介抱してくれたハルさんのご両親は、放心した顔つきでこちらを見ていた。私はこれ以上何も喋らないと決意をし、実際に唇をギュッと噛み締めた。 「俺、この子と結婚するよ」  時間は昼過ぎ頃だった。ハルさんの村は栄えているようで、外が活気づいているのが家の中にいてもわかる。 「森で出会ってひと目でピンと来たんだ。ベルには申し訳ないと思うし、謝罪だって土下座だってなんだってする。でも俺はもうブルーズ以外は考えられないんだよ、父さん、母さん。」 「ベルちゃんは小さいときからの許嫁でしょう!何だって今更……」 「母さんベルは確かにいい女だ。でも俺には勿体なすぎるよ。俺が断ってもあいつには俺なんかよりずっといい縁談が舞い込んでくるさ」 「そういう問題ではないだろう!」  どう考えても赤の他人が同席していい訳がない家族会議の席に、行き場のない気持ちでいっぱいだった。  間違いなくこの会議の原因は私だ。いや、正確には私は関係ないんだけど、そういう約束だから今は言い訳をすることはできない。さも「私は無口で引っ込み思案な女の子なんです」と言わんばかりにうつむいて、ハルさんたちのやり取りをただじっと聞くしか無かった。  ハルさんは私を嫁にすると頑なに譲らなかった。  ひと目見て好きになっただの、話していてこんな気持ちになったことはないだの、ベルという女性に対しては、親同士が決めたから従っていただけで、実際は妹としか思えないだの、ブルーズには親も身内もいないから誰かが養ってやらないとかわいそうだの、スラスラと都合の良いことを吐いていた。  私の両親も兄弟もみんな揃って健在ですが……と思ったが、約束なので口を出さなかった。おそらくこのご両親が折れるまで続けるつもりなのだろう。そして、私が孤児であるという設定にご両親はめっぽう弱いらしい。そのネタが出るたびに、この娘はかわいそうな生い立ちだから仕方ないのかしらと言いたげな目線を送られる。  もしかすると、ハルさんも最終的にはご両親が折れることがわかっているのかもしれない。だからこんな一見無茶な計画を持ちかけて来たのだろう。そして2時間も立った頃にご両親が折れた。  向こうの家に何と言えばいいんだとお父さんがブツブツと言いながら自室へと向かい、お母さんも外へ出ていってしまった。大変心が傷んだが、同時にボロを出さずに済んだのでホッとした。  これで私は本当に、ハルさんのお嫁さんという立場になってしまった。そう考えると少し複雑な気分になった。いつか本当に結婚することになったらこのときのことを思い出すんだろうかと思うと、この計画を受け入れるべきじゃなかったのかもと後悔した。 「グイさん、ありがとね」  ハルさんが新しく淹れてくれたお茶をありがたく頂いた。 「……本当に良かったんでしょうか、こんなことをして」 「昨日話したでしょ、俺は結婚なんてしたくないの、ベルと。」  ベルというのはハルさんの許嫁だそうだ。何でも村一番の器量良しで、歳も近く親同士も古い付き合いだから、という理由だけで結婚することになっていたらしい。本人同士も逆らう理由もなく、親同士が決めた結婚が珍しくない地域だから途中までは自然と受け入れていたそうだ。 「はぁ……」  でも、それだけの理由で「仮の花嫁」を作って結婚を断るのは正しいことなんだろうか。  昨夜、私は命を救ってもらったお礼をしたいと伝えたら、何もいらないから1つ頼まれごとを聞いてほしいと言われた。できることならと安請け合いしてしまったのがだめだった。このときに言われたのがこの「仮の花嫁作戦」だった。 「俺、結婚する予定の子がいるんだよね。ベルっていうんだけど、すっごく気が強くってさ、意地が悪いところもあるし、口うるさいし、できれば結婚したくないんだよ。そりゃ美人なんだと思うけど、幼馴染だし、ガキの頃からよく遊んでたから今更恋愛感情とか湧かなくて。だからグイさん、怪我もしてるし、うちの村で休むがてら俺の嫁ってことになって結婚を断るの手伝ってくれないかな」  もちろん最初は断ろうとした。助けてもらったことには感謝しているけど、滅茶苦茶だし、第一厄介事に巻き込まれたくなかった。大体、婚約破棄なんて一般的には考えられない話だ、世間知らずの私でもそれぐらいは理解できる。 「それだけは無理です、本当にすみません。」  馬の上で婚約破棄の片棒を担がされそうになっているのって世界で私だけじゃなかろうか。好きじゃない相手と結婚させられるのはかわいそうだと思うけど、初対面の相手に頼むことではないことは明白だった。 「断る理由が女ができたから以外にないんだよ。俺から断ってベルには非がないってことにしないと世間体的にもだめなんだ。とはいえ村の他の女の子にはこんな非常識なこと頼めないからさ。」 「非常識ってわかってるんじゃないですか!」  何度も断ったがハルさんは非常に諦めが悪かった。命の恩人という負い目もあったから最終的に、「滞在中は不自由させない。嘘の嫁として生活し、婚約破棄の目的を果たしたら、新婚旅行という体ですぐ家に送り届けてやるから、事故にでもあったことにしてそのまま別れれば良い」と説得されて渋々承諾することになった。  私は特に、何も得をしていないことに気付いたのは、昼間の家族会議で沈黙を貫いていた最中だった。
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