怖い話

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『アオさん初めまして。ご連絡ありがとうございます。同じ人がいると思えなかったので嬉しいです。もし良かったら日時を合わせてチャットでやり取りしませんか?』 返事が来たのは、次の日の夜だった。 チャットか……と一瞬尻込みしたけれど、オンラインカメラで顔を合わせるわけじゃないし、変な事にはならないだろうとオッケーする事にした。 少しの不安感より返事を待っている間のソワソワの方が嫌だ。恋をしている時のような錯覚に陥って良くない。それならばサクッとその時だけやり取りして終わらせる方が後腐れなくて良い。 『エムさん。お返事ありがとうございます。チャット大丈夫です。二十時過ぎでしたら基本的にいつでも時間を取れますので、エムさんのご都合に合わせられます。またご連絡お待ちしています』 「で、日曜の夜に詳しくやり取りする事になったんだよ」 経過を報告すると、中川の目がわかりやすく輝いた。 「やった。勇気出したじゃん」 「まぁね。その日に向けて準備しなきゃと思って今、自分の過去と向き合ってる所よ」 「水曜日が怖くなった理由?私に話した時みたいに言えばいいじゃん」 「あれは事故みたいなもんだったじゃない。改めて誰かに伝えるっていうとどうまとめておけばいいのかなって」 このショールームで働き始めて間もない頃、先輩の結婚式があった。職場のほぼ全員が出席するその場に「行けません」と言う勇気は私には無かった。それが例え水曜日でも。 不安な気持ちをかき消すように必要以上に楽しみなフリをした。 ――用心していただけだ、必ず何かが起きるわけじゃない。 そう自分に暗示をかけた。 会場に向かう途中、突然降ってきた大雨にびしょ濡れになり半ベソになりながら雨宿りしていた。 ――水曜日だ。水曜日が私をバカにしてるんだ。外に出るからこうなるって。全部、水曜日のせいだ。 「あれ?大菅さんもやられた?今日、雨降るなんて天気予報で言ってなかったよねぇ。あはは、困る。縁起悪い」 同じようにびしょ濡れになりながら走って来た中川に笑いかけられて、子供のように泣き出してしまった。 まだお互いをあまり知らなかった時期なのに、中川は私の突然の打ち明け話を笑う事なく受け止めてくれて、大丈夫だと励ましてくれた。 式場でドレスをレンタルして、ヘアメイクをやり直してくれて「ほら何とかなった」と笑う中川のおかげでその日を無事に乗り切る事ができた。 あの頃からずっと、中川の口の悪さの奥に隠れた優しさは変わらなくて、無条件に信頼してしまう。 だからエムさんに連絡してみようと思えたわけだけど、上手に説明できる自信は無い。結局のところ、自分でもよくわかっていない。それでもこの人はちゃんと話を聞いてくれるのかな。 水曜日が怖い。 エムさんの書いたタイトルを眺めて思いを馳せた。
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