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「あんた……その妙なプライドは何?架空の彼氏を作るのは、百歩譲って良しとしよう。でも、その相手が医者って。言ってて悲しくならない?」
「それは別に良いじゃん。プライドじゃないの。大事なのは水曜が休みで不自然じゃない職業って所なんだから」
「そう?個人病院なんて水曜が休みでも先生は働いているもんじゃないの?他にシフト制の職業なんていくらでもあるじゃん」
「あるよ。あるけどショップ店員だって言ったりしたら、そのお店行きたいですぅとか言いかねないでしょ?それができない設定にしたの」
「成程ねぇ」
何も入っていない醤油皿を箸でつついている中川は、どこからどう見ても納得した様子じゃない。
「渚ちゃんが他の子にペラペラ喋ったら面倒だから、もし誰かが中川に何か聞いてきたら口裏合わせておいてね」
「はいはい。あんたがソレでいいならね。映画の約束してた時から思っていたけど、その調子じゃ相変わらずなんでしょ?」
中川は私の事情を知っている数少ない人物だ。今更隠したってしょうがない。
「水曜日の事?まぁ、別に困らないよ」
「どう考えても困るわ。大菅だって、これから先ずーっと水曜日は誰にも会わないで生きていけるって思っているわけじゃないでしょ。ついでに言うと、あんたのこだわるイメージってやつもやめなよ。いつまで隙の無さそうな女を演じてるつもりよ。疲れない?」
「しょうがないじゃん。違うって言っても世間のパブリックイメージって変わらないんだもん。私みたいに背が高くて目が切れ長な女は、どうしたって強い女だと思われるんだから。気を遣ってそのイメージに寄り添ってるだけなの」
初めて会う人が、私を見て身構えたと感じる事がよくある。
長年抱えているコンプレックスが見せる幻覚かもしれないけれど、私はそれを受け入れるしかできない。
「バッカみたい。世間一般のパブリックイメージと、大菅葵個人に対してのイメージは別物でしょ。あんたの事を知りもしない他人のイメージに寄せていってどうするのよ」
中川はイラついた様子でシャンディーガフを注文し、手をつけていなかった串盛りに手を出し冷めてると文句を言った。
口調は怒っているけれど、私の事を真剣に考えてくれているのがわかって体温が上がったように感じた。
「でも、渚ちゃんにも言われたよ。葵さんは一人で何でもできるイメージだったから、彼氏さんがいて意外でしたぁって」
中川の優しさに甘えついでに、可愛らしい笑顔で渚ちゃんが埋めてくれた棘をどさくさ紛れに打ち明ける。
「うわっ。やっぱ嫌いなタイプ。嫌だ嫌だ!あの子は付き合っている人いないんでしょ。完全に仲間もしくは少し下に見ていたあんたに彼氏がいるって聞いてイラついてんじゃん」
「うん。流石に私もチョット嫌なものを感じたわ」
「こうなったらさ、その嘘、本当にしよう。医者は無理かもしれないけど、あんたの思い込みも払拭してくれるような相手を探そう。はい、カンパーイ!」
良い感じに酔った中川に無理矢理乾杯させられると、何だか全てが上手くいくような気になった。
でも、わかってる。
実際はそんなに上手くいくわけないって事は。
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