イメージ論

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社会人一年目が終わろうとしていた頃、水曜日になると出勤時の満員電車で痴漢にあうようになった。気持ち悪くてたまらなかったけれど、ちょうど実家を出て一人暮らしを始める直前だったから少しの我慢だと車両や時間を変えながら我慢していた。 それなのに住む場所が変わってもソレは続き、段々とエスカレートしていくようになった。 巡回していた私服警官が運良く捕まえてくれた痴漢は、同じ部署で働くとても優しい先輩で、気持ち悪くなって会社を辞めた。 気分転換に映画を見ようと出かけ、一人でエレベーターに乗っている時、整備不良で閉じ込めにあった。 好きなアーティストのゴシップ記事が出回って表舞台から消えた。 傘を持っていない時にゲリラ豪雨に見舞われた。 苦手だった同級生にバッタリ会って結婚式に招待された。 母親が心療内科を勧めてきたのも、大きいものもどうでも良い事も、全部全部水曜日のせいだ。そう思った。 大丈夫だ、と母の優しさをやんわりと断って仕事を探した。 原因はわかっている。 ならば、できるだけソレから自分を遠ざければいい。 どこにも出掛けず、誰とも会わなければ、傷は最小限でおさえられる。 火水休みの不動産屋に転職して、束の間しかできなかった一人暮らしを再開させた。休日が変わってしまうのがわかった途端、逃げるようにまた仕事を変えた。 今に至るまで全てが上手くいったわけじゃないし、水曜日に出掛けた所で何も起こらない確率の方が高いというのもわかってる。 でも、その勇気が出ない。他人に知られたらそんな事でって笑われるのもわかってる。わかっているから余計タチが悪い。 水曜日は怖くて嫌いだ。
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