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やがて、夜も更けてきて、ウイスキーのグラスも空になった頃、「それじゃあお開きにしようか」と誰かが言った。
「それじゃあ、おやすみー」
「まあ、僕はこのままゲームしてると思うけどね」
「いえてる」
そんな、挨拶だかなんだか判断のつかない言葉を残してひとつ、またひとつとディスプレイの画面からアイコンが消えていく。俺は、そのまま画面をぼんやりと眺めていた。
別に、名残惜しくなったつもりはない。何せSNSではいつも話をしている相手たちだ、覗いてみれば変わらずそこにいるだろうし、声をかければこんな集まりだってすぐにできる。
ただ、何となく……、そう、何となく、そうしていると。
最後に残ったのは、俺と、黒猫のアイコンの彼女だった。
彼女を飲み会に誘ったのは俺だ。いつもの面子の一人ではあるけれど、少し引っ込み思案なところのある彼女は「参加する」とは言っていなくて、それを俺が口説き落とした形になる。
だから、少し心配だったのだ。彼女が本当に楽しんでいたかどうか。
けれど、その思いは杞憂だったようで、彼女は弾んだ声で俺に話しかけてきた。
「とても楽しかったです。ありがとうございました」
「いや。また一緒に飲もうな」
「はいっ」
嬉しそうな声に、俺は心底ほっとする。ほっとしながら、ひとつ、聞いてみることにした。
「なあ、もしオフやるなら、来るかい?」
さっき俺自身が遠すぎるからと渋っておきながら、何となく引っかかっていたのだ。彼女はあの時、問いに答えてはいなかった。
そして、黒猫のアイコンは少しの沈黙の後、ちかちかと光った。
「私は、無理ですよ」
「そんなに遠くに住んでるのか?」
「あ、いえ、そうじゃないんです。そうじゃ、なくて」
それから、ぴたりと声が止んで、俺は不安になる。もしかして、顔を合わせるのが嫌とか、そういうことだったのならば申し訳ないことを聞いたと思う。言いづらいのも当然だ。
しかし、俺の想像に反して、彼女は言った。
「もし、もしもですよ」
ちかちかと。黒猫のアイコンが、光る。
「今、話しているそのひとが。本当は存在しないとしたら、どうしますか?」
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