Ghostleg

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Ghostleg

 千々に千切れていく呪い。壊れていく記憶。失われていく精神の中で、朧気な記憶が投射される。  カラカラと空回りする走馬灯。ああ、そんな記憶もあったなぁ――なんて、私・小倉リコの最後の精神が回想する。  それは何でもない、ある夜のことだった。  その日も私は絶望していた。  窓から見えるすべてが恨めしかった。いま以上に、行き場のない感情を持て余して暗く淀んでいた青春時代。(青春時代と言ってみたかっただけ。実際は数ヶ月程度前)  腹が立つというか、妬ましいといえば妬ましかった。それは、お姉ちゃんのこと。これみよがしに輝かしい大学生生活を送っている姉のレイカのこと。  キラキラしてる。ずるい。ひどい。惨たらしい。通り魔に襲われて立ち直れなくなればいいのに。  なんて悪どい思考を繰り返す。あの真面目なお姉ちゃんが、一体どんな風にひどい目に遭わされて、どのくらいやばい怪我をするんだろう、願わくば両腕とかなくなっちゃわないだろうか、なんて暗い感情でどこまでもどこまでもヤミ妄想をヨダレのように垂れ流す。そしてすぐに正気に戻る。こんな思考は、さすがに自分でもどうかと思う――と。 「あら、やめてしまうのですか? とっても素敵な妄想ですのに」  貴族のようなうつくしい言葉が聞こえた。まるで花が喋ってるようだった。驚いて周囲を見回すと、お屋敷の屋根に、誰か、いる。  きっと空き巣だろう。なんて不運。見ず知らずの人に、こんな邪悪妄想を垂れ流しているところを目撃されてしまっただなんて。  それは、なにか、見たこともないような真っ黒い存在だった。  邪悪な影のような何者かだった。  けれど私の関心はそんな不吉さになく――どうして、私が惨たらしい妄想をしていたことを知っているのだろうという焦りでいっぱいだった。 「いえいえ、だってあなた。ぜんぶ口から漏らしていましたよ。やば思考。」  ああ、そういえば。  口から意味のわからない思考を垂れ流す癖をやめたほうがいい、と姉にも注意されていたのだった。確かに、我ながら非常に気持ち悪いと思う。 「気持ち悪い? 果たしてそうなのでしょうか。とっても素敵なことなのではないでしょうか、何か、いまとは違う現実を妄想することは。それが善きにしろ、悪しきにしろ――」  不吉を纏った何かは告げる。この世の終わりを歌い上げるよう。 「―――ひとは石。物言わぬ石。けれど黙って転がったまま終わるなんて残酷ではないでしょうか?」  意味は理解できない。けれどどこか、不思議と胸に刺さる言葉だった。  そう、私は石だった。道端に捨て置かれたまま、何も起きず、二度と転がることもない。 「暗い感情があるのなら――――その想いを、いっそ直視してみては?」  影を、いっそもっと深く覗き込んで見ればいい、とそれは言った。  それは禁忌だ。  みんなを羨み、みんながひどい目に遭えばいいという妬みを直視するなんて。  ――そんなことをすれば、きっと何かが変わってしまう。 「変化が起きれば、誰か、何かが――――」  目の前には、訳のわからない邪悪な存在がいる。夜の闇を捻じ曲げるほどに不吉を振りまいて、道化のように誘っている。その手を取ったとき、一体どんな破滅が訪れるのかが子供である私は正しく理解できない。  かいぶつは、微笑んでいる。  きっとその微笑みで何人もの人間を闇に引きずり込んできたに違いない。 「――――“変わったカタチをした石だな”なんて。拾ってくれるかも知れないでしょう?」  けれど、その言葉は不思議と魅力的で。  どこか、胸の高鳴りを感じている自分自身がいた。  それは唐突に人間らしい言葉を発してきた。 「ねぇ、小倉リコさん。鳥籠の暮らしにも飽きたのでしょう? では、そこから新たな一歩を初めてみるのが人生なのではないでしょうか」  そうは言われても。私にはこの生活をどうすることもできない。 「ええその通り。ではまず、祈りましょう。自分自身の暗い感情を受け入れて、それを育てることから始めましょう」  暗い感情を――――育てる? 「ええその通り。中途半端だからいけないのです。そんな程度では誰にも届かないし、何も起きない。――いっそ突き抜けてしまえば、逆に何かが起きるかも知れません」  そんな。  そんなことが……。 「信じて祈ればいいんです。遠慮なく、忌憚なく理性なく、どこまでもどこまでも強く祈ればいいのです。そう、信じて信じて祈り続けていれば…………いつまでも一心に(いの)り続けていれば、きっと何か素敵なことが起きるに違いありません」  影が、楽しげに微笑んでいる。  祈り?  祈ればいい、強く強く願えばいいと言ってくる。  だけど、そんなことに一体、どれほどの意味が―― 「…………どうせ、それ以外にやることなんてないのでしょう? あなたの人生。」  ――――――。  思わず絶句した。  なんて無遠慮、なんて全否定。  でも、確かにそれは真実だった。 「…………あれ」  ふと目を覚ませば、私は窓辺で眠りこけていて、そんな不吉な影に出会ったことはきっと幻だったのだろうけれど。 「忘れないでくださいね? 祈るんです。一生懸命、一生懸命、そう――あの月にでも祈りを捧げ続けるんです」  けれど、耳に残った幻聴はどこか現実じみていて。  こんな退屈な窓辺でそんなものに出会うはずがないのに。 「…………暇だなぁ」  何日か過ぎたあと、退屈を持て余した私はついに満月に向かって祈りを捧げてみることにした。  それが不思議と心地よくって、以来小倉リコ(わたし)は毎夜、月に向かって祈るようになる。  いずれ、同じ窓辺に狩人を名乗る何者かが現れるまで。  そういえば、夢の最後に自分は、あの不吉な影に問いかけたのだった。  あなたは一体、誰なんですか? 「黒幕(・・)――――」  それはそれは、いつかどこかの悪い夢。  一夜限りの秘密の邂逅。  悪ふざけのような笑みを深べて、歪みの渦が微笑んでいた。 「――――いえ。  魔法使いさん(・・・・・・・)、とお呼びくださいな。」                / - Ghostleg -
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