序章

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 弾かれたように見上げた足を誰かがつかんだ。 「――――!!」  声を上げる間もなく、冷たい水に頭まで引きずり込まれる。  両手で水を掻き、水面へ浮かび上がろうとするが叶わない。  上から投げ落とされた塊が、頭に当たり、鈍い音を聞いた。  冷えた体でそこだけが熱く、疼く。  見えるのは、赤く滲んだ水と細かな泡。  息苦しさに、たまらず意識を手放した。    大きく揺り動かされて、意識が引き戻された。  雨の匂いを詰め込んだ車内――いつの間にか眠ってしまったようだ。  夢を見て悲鳴を上げてしまったのではないかと車内を見まわすが、聞こえるのはささめく声と心臓の鼓動のような走行音。  変わらぬ景色にほっとなでおろした。  胸が跳ね上がった鼓動で痛い。  金属質な耳鳴りが頭に鋭く突き刺さり、痛みを紛らわせようと冷汗の浮いた額に触れた。  傘の柄を握る手が、白く震えた。  奥歯をかみしめ、体を強張らせて、息を詰める。  ぽつり、ぽつ。  背中で聞こえる、窓ガラスをたたく雨音。  降り注ぐ雫は涙のように車窓を伝って、流れ落ちる。  ようやく治まった耳鳴りにほうと体の力を抜いた。  刹那、鼻の奥に蘇ったのは湿った黴の匂い。  あの場所で感じた、それ。
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