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第一章
1
お困りごとはありませんか?
気になるお宅のあの厄介事。
人様に聞かれて困る有象無象の現象などございませんか?
その困りごと、一度当社にご相談ください。
解決できるよう当社がお力添え致します。
重く蓋をするような鈍色の空。
湿った生ぬるい風が頬を撫でる。
絶え間なく降り注ぐ雫は地上のすべてを重く濡らす。
有り余るほど水がある――水無月。
(天からの恵みもあり過ぎると迷惑でしかない)
陰鬱な気分を払拭しようとするように華やかな傘の花が往来を彩る。
濡れた足元を気遣う姿はあれど天の恵みを喜び、空を仰ぐ者はない。
「……雨、だな」
窓を濡らす雨粒を睨んで男はうんざりと呟いた。
「雨ですね」
呟きに返ってくるのは若い女性の声。
窓辺に立つのは長い黒髪を一つに束ねた男。
鳶色の目を眇めて濡れた街を睨む。青白い面差しに髭は薄く、ほとんどない。
どちらかというと中世的な顔立ちだが体格は痩せた鶏ガラのように頼りない。
男の名前は香月達也という。
連日の雨模様。こうも長雨が続くといい加減にお天道様が恋しくなる。
近づく夏の気配も重なって気分はまるで蒸し饅頭。
「梅雨ですから仕方ないですね」
ぴしゃんと跳ねた雨だれがガラスに歪んだ涙を描いて、流れた。
「こう何日も降り続くとやる気が出ないな」
重く蓋をされた鈍色の空を一睨みして窓から離れると、枕代わりのクッションを引き寄せてソファーに転がった。
室内に忍び込むじっとり湿った空気は、方々からかき集めたなけなしのやる気まで湿らせ、しおれさせる。
「やる気なんてあったことがありましたっけ?」
郵便物を手に毒を吐くのはゴージャスな金髪に宝石のような碧眼の女性。
名前を園田香苗という。
名前で分かるだろうが、正真正銘の日本人。
正確には半分スペインの血の混ざるハーフでこのビルのオーナーの孫娘。趣味で達也の助手をやっている――いわゆるお嬢様である。
「この間まで、少しはあったぞ」
「もともとなかったの間違いでしょ? 今月の予定は何も入っていませんよ。そろそろ次の仕事を入れてもらわないと困りますよ」
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