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あの日もそうだった。
初めて中里健介の会社に訪ねた日、歓迎ムードで迎えてくれたが、頑として水葵の居場所を教えてはくれなかった。
*******
初めまして、とお互いの名前を言い合い、名刺を交換して椅子に座ると、目の前の50代前後に見える男性は、厳しい顔で会社を歩く中里康介部長と違い、顔は似ているのに柔らかい物腰の食えない笑顔の人だった。
そういうとこはさすが兄弟だなと大樹は思ったのだ。
「水葵の居場所を知りたい、ですか。」
「はい。是非、お願い致します。」
頭を下げると、大きな溜息がした。
「実の父親にも居場所を教えない約束をしているのに、赤の他人のあなたに教えられると思いますか?」
柔らかな微笑みで言われたひと言は、大樹の言葉を失わせた。
しかしそれから次の予定までという30分の間に、健介は水葵の事を話してくれた。
「私も忙しくて時々会うだけですけど、うちは男の子一人で女の子が可愛くてね。叔父さんって駆け寄ってくれるともうね…デレデレになるよね。」
小さな頃の水葵の話にうんうんと大樹も思わず頷いていた。
「背の順も前から三番目くらいに居て背が伸びないって文句言ってて、梛に狡い、身長頂戴って。細いのによく食べるんだよねー。何処にそんな力あるんだって思う時もある。お米10キロ、買って自転車に積んで帰って来たのを見た時は驚いたね。聞いたら小学生の時から梛がいない時はって。母親にあんな重い物持たせられないって、あの子はずっとそうやって誰かの為に生きて来て、やっと今、自分の為にだけ生きているのですよね。」
健介の話は可愛い姪の自慢話で止まる事はなかったが、大樹に取ってももっと聞きたいと思う話ばかりだった。
最後に一人で生きる水葵に少し時間をあげて下さい、と健介に言われた。
「川瀬さんが水葵をお好きなお気持ちは十分、伝わりました。」
曲者の笑顔でニヤッとされた。
何かあれば梛は勿論、大樹にも連絡をしてくれると約束をしてくれ、お互いのスマホ番号を交換していた。
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『日曜日から火曜日まで初めての連休だって喜んでたよ。それで一泊で梛のとこに帰ろうと思うって、金曜日辺りに直接、梛に電話すると言ってた。そろそろ電話番号も教えないと、梛も心配だろうからって。』
帰る、という言葉が耳に届くと、大樹の顔が自然に高揚した。
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