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数秒の出来事。
水葵からして来るのは初めての事で大樹は目を見開いたまま、呆然と水葵の目を見つめていた。
唇が離れて、水葵の名前を呼ぶと、ドアがゆっくりと閉まる。
「大樹!!大好き!」
プシューという音と共にその声が消されそうになっても大樹の耳にはちゃんと届いた。
「会いに行くから!元気で!!水葵、大好き!!」
ドア越しに言うと、聞こえた様で少し赤い顔の水葵が目から数滴、雫を流しながら大きく頷くのが見えた。
ホームで手を振り、大樹はその手で拳を作り、幸せを噛み締めた。
思えば初めて会った時から、雨に濡れた彼女に目を奪われた。
目覚めた彼女と話をすれば、もっと好きになった。
傷付いた彼女を見ては自分なら大事にしてやれるのにと何度も考えた。
それがしてはいけない事と分かると手も繋げなくなった。
差し出せば繋がれる手、好きだと言えば好きと返される言葉。
それがどれほどの奇跡であるかを噛み締めて家に帰り、早速、ガーデン挙式出来る場所を検索した。
必死になって検索して、良さそうな所の住所と電話番号をメモしていると、気が付けば夕暮れのオレンジの陽射しが部屋に入って来ていた。
こんな時間、と夕食をどうするかなと考えて冷蔵庫を開けるとそこに見覚えのないタッパーが二つ重ねられて入っていた。
上にメモが載せてあり、それを手にして目を落とした。
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里子さんと作りました。お夕飯のお裾分けして頂きました。下がご飯の上に生姜焼きときんぴら、上が煮物です。お夕飯に食べて下さい。 タッパーは私が買った物だからそのまま置いておいてね。 水葵
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帰る前に大樹の部屋に行きたいと言われ、結婚式場の分厚い本を見せられてこれを一緒に見たいと言われたら、一時間程度でも部屋に上げるのは彼氏としては当然の行動。
僅かな目を盗んでサプライズで冷蔵庫に入れたな、と思うと可愛くてクスリと口角を上げた。
「夕飯はある!ありがと、水葵。」
その気持ちをメールで送ると、返信が直ぐに入った。
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「今、道を歩いててもうすぐ寮に着くとこです。美味しそうな駅弁を見て、買ってしまったので今日の夕食は駅弁です!でも生姜焼きを買ってしまいました。大樹のお口に合うといいけど少し心配です。料理はあんまり上手じゃないの。これからもっと練習するからね。」
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そんな文章を読んでいると、元夫、北川俊也の呪いの様な躾は水葵の身体にトラウマの様に残っているのだと思えた。
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