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「……泣かれると俺が泣かしているみたいで困るんだけど。」
「ぐっ…すみません。」
ズビッと鼻を啜り、箸を持ったままで恵理子はハンカチで涙を拭いた。
安くて人気の定食屋、「岩井」に二人は来ていた。会社から少し離れている為、時間がある時にしか来れない馴染みの店に入り、一番奥の席に運良く座れた。
それでも会社の人間が居たらいけないと考えて名前を極力言わない様に小さな声で会話をしていた。
水葵と再会してプロポーズ、帰って来てお互いの家に挨拶、合流した梛から書類を渡されてひどい言い方をしたと聞いた事、大樹はそれだけしか知らないが、その後で梛のマンションに帰った水葵が詳しく話を聞き、梛に雷を落としたらしいと恵理子に話すと、恵理子はポタリ、ポタリと泣き出していたのだった。
雷とは言っても実際はそれ程ではなく、それは水葵が梛の気持ちも理解したからで、悲しい声で言われたらしい。
ーー「私の事で梛兄さんが誰かを言葉で傷付けるのは嫌だな。私は言葉で傷付いて来たから…梛にも前を見て進んで欲しい。私と一緒に…。」
当然、それを大樹が恵理子に話す事はなかった。
「すみません…私、何処かで罵られた方が気持ちが楽になると考えてい部分があって、自分が楽になりたいから中里さんの会社を紹介してと頼んだんだって怒られて気が付きました。狡いんです…私は。何もなかった事の様に平気な顔をして昇進して、素直に喜べなくて喜びたくて…水葵さんは優し過ぎますよね。」
俯いてハンカチを目元に当てて恵理子は話を続ける。
「中里梛さんに言われて初めて気が付きました。もしって…考えたら怖くなりました。自分がした事はただ好きになっただけじゃない、追い詰めたんです。好きなら順序を踏むべきでした。告白をして相手の気持ちを聞いて、話し合いの場を設けて頭を下げて……それも勿論、いい事ではないですけど、相手の気持ちがこちらにあるならそれは恋愛として成り立つはずです。答えを聞かずに結婚は求めないからと、私がしていたのは恋愛ではありませんでした。それに気が付きました。」
「食え。」
ボソッと言い、大樹も目の前のアジフライを食べる。
「川瀬さんも軽蔑するとおっしゃってましたよね。」
ボソッと言い、恵理子もアジフライに箸を入れて小さめに割る。
「二人がした事に、だ。長山を軽蔑している訳じゃない。彼女の苦しみは彼女にしか分からない。同じ様に長山の苦しみも長山にしか分からない。俺は彼女の苦しみが薄れていく様にそれを理解して二度と苦しむ事がない様に生きて行く道を選んだ。約束したんだろ?強くなるって。自分がした事を認めて幸せになれ。それでいいと思う。」
ガツガツと食べる姿を見て涙を溢しながら、小さくはい、と答えて恵理子もアジフライにかぶりついた。
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