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プロローグ
結婚して一年目に夫が一軒家を購入した。
夫の会社からは遠くなってしまったけど、歩いて駅までいける距離で一時間の電車通勤。
夫は優しく平気だと、良い運動だと笑顔で言ってくれた。
いつか、小さくて良いから子供とお花を植えられる庭が欲しい、と付き合っている時に私が話した事を夫は覚えていてくれたのだ。
それが分かっているからこの上なく幸せで有り難い事だった。
結婚一年目、私は間違いなく幸せだったのだ。
それなのに私は今、エプロンを着けたままで裸足の足にスニーカーを履いて全力で走っていた。
暗い中、ポツリと頬に雨が落ちて来てそれが少しずつ多くなって行く。
涙なのか雨なのか頬を伝うそれが分からなくなった頃、足を止めて息を切らした。
どれだけ走ったか、住宅地と思われる狭い路地の壁に手を着いて少し息を整えてから、目の前にある車がすれ違う事が何とか出来る位の幅の道路に出た。
何処に行こうとか考えてはいなくて、暗く細い路地にいるよりは幾分、気持ちが明るくなるのではと広い道に出ようとしただけだった。
雨足が強くなる中、飛び出した私の体は眩しい光に照らされた。
それが車である事は直ぐに理解出来た。
不思議な物で走馬灯が浮かぶと聞くけどそれはなかった。
ただ、あぁ終わるんだなと、冷静にそう思った。
心の底から安堵した自分がいた。
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